学びと教育
【第1回】栄養学は深くて面白い!
「You are what you eat.(あなたは,あなたの食べたものでできている)」という言葉があります。人は食物を食べ,食物中の栄養素を消化・吸収・代謝してエネルギーを産生し,成長し活動します。確かに,人の身体は食べたものでできていると言えるでしょう。
しかし,「食べる」行為によって得られるものはそれだけではありません。例えば,おいしいものを食べたときの満足感や幸せ,食物を生産したり準備してくれる人への感謝の気持ち,人と一緒に食べることで生まれる人間関係や連帯感など,精神的・社会的な側面とも深く関わっています。
栄養学は,狭義には,食物中の栄養素等がどのような働きを有し,身体の中でどのように使われるかを科学的に探究し,人の成長,健康の維持,疾病の予防や改善に役立てる学問です。しかし広義にとらえると,人の食べる営みに関係する精神的・社会的側面を含む多様な要素を対象とする学問でもあります。言い換えれば,栄養学は,図に示すように,人間と食物,その関係,さらにそれらと社会との関わりを科学的に探究し,生活の中での実践に結びつけることで,人々の健康と幸せの実現を目指す学問と言えます。このように多様な側面を扱うため,栄養学は奥が深く,その範囲は広がり続けています。
例えば,遺伝子と栄養の関係を解明するニュートリゲノミクス(食物成分が遺伝子発現や細胞機能に与える影響を解析する学問)や,個々人の遺伝的特性や生活習慣に応じて最適な食事を提案する精密栄養学などが発展しています。さらに,AI(人工知能)を活用した栄養指導や食事計画手法の開発も進んできました。
一方で,こうした精密な探究がどれほど進んでも,そもそも健康や栄養に関心のない人には届きにくいという課題があります。関心の低い人も含めて,集団全体の食生活改善を図るための手法が,食環境づくり(食環境整備ともいう)です。地域(コミュニティ)にある店舗や職場の社員食堂で提供される食事そのものを,栄養バランスのよい内容に変える方法です。入手できる食事が変われば,結果として摂取する栄養素も変わります。私たちは複数の企業で食環境づくりの介入研究を実施し,食事内容の改善によって,従業員全体の食塩摂取量の減少や,尿中ナトリウムとカリウムの比(尿ナトカリ比)の低下を確認しています。尿ナトカリ比の改善は,高血圧の予防,ひいては循環器疾患の予防にもつながるとされています。
私は,栄養学とは無関係の学部を卒業し,社会人経験を経てこの分野に入りました。かつての自分や周囲の人が,栄養の重要性を十分に理解していなかったことに気づき,その状況を変えたいと考えて,栄養教育や食環境づくりの研究に取り組んできました。
人は生きている限り食べ続けます。人の食べる行為がある限り,栄養学の可能性は広がり続けます。その重要性はもとより,無限の広がりをもつ栄養学の面白さを,多くの人に知っていただきたいと思います。
※本コラムは、埼玉新聞に連載されているものをベースとしています。
武見ゆかり 副学長・教授
慶應義塾大学卒。女子栄養大学大学院栄養学研究科修了。博士(栄養学)。専門は食生態学,栄養教育,公衆栄養学。国の審議会委員として、「健康日本21」や食育推進基本計画に関与。日本健康教育学会理事長。