2023.09.30
学園
「食を通じて社会に貢献する」キユーピーの想いを聴く―食卓を科学し、感動を生み出す変化を創るー
この方に聴く 栄養学でイノベーションを起こす<第3回>
―食品企業として、人々に親しまれる食品を提供し続けていらっしゃいますが、社会的使命への向き合い方や大切にしてきた姿勢についてお聞かせいただけますか。
創始者中島董一郎は、おいしく栄養のあるマヨネーズを生活必需品となるまで広く普及させるという信念のもと、国内初のマヨネーズ製造に取り組みました。食品を扱う者の心構えとして「正直、誠実」の教えを守り続けています。社内では役職で仕事をしないことを基本としているので、社長室もありません。どんなポストであれ、「正しいこと、間違っていること」を考え、発言できる職場環境を大切にしています。創業100年を超えましたが、創始者の人物像と理念が会社の隅々まで根づいている会社です。
イノベーションというお話がありましたが、食品は日々の積み重ねで生命に向き合うものですので、革新的な変化を引き起こすマジックを求めることはありません。日々の改良・改善を繰り返した結果、10年、20年経過してイノベーションに繋がるのだと捉えています。「良い商品は良い原料からしか生まれない」というこだわりで、例えば主原料の食油はキユーピースペックと呼ばれる精製度を極限まで高め、雑味をとっています。また食酢はマヨネーズに合った洋風酢が仕入れできなかったので、自社で会社を作って製造するなど原料には徹底したこだわりを持っています。「人のまねをしない」というのも創始者の教えで、まねされることはあっても、ひたすら創意工夫を行うことで、技術力を向上させてきました。磨き続けてきた技術力がブランドの信頼を支えています。事実、マヨネーズやドレッシングをはじめ国内初の商品が今も主力商品として伸びています。
―創始者の教えのもと徹底して物事を突きつめていく姿は、本学の歩みと似ています。栄養学は生活にいかしてこそ意味があるという創立者の考えが学内に浸透しています。イノベーションありきではなく、技術力の先に、イノベーションがあるという考えも、共感できます。
最も信頼されるメーカーを目指しています。「最も信頼される」ことの定義はなく、一人ひとりが考えることを大切にしています。私自身は、信頼には下限と上限があると考えています。下限は安心・安全のために絶対やらなければならないこと、上限は先方の期待を上回ることを行い、感動していただくこと。期待感を超えなければ、“最も”にはなりません。
機器や設備のすごさに感心はされますが、感動は人の行為で生み出されるもの。感動されるメーカーでありたいと考えています。
―本学は今年90周年を迎えました。キユーピーさんは2019年に100周年を迎え、その時に社長職でいらっしゃいましたが、節目の時にどういうことを考えられましたか。
創業100周年の2年前に前任の社長からタスキを引き継ぎました。例えると人生はマラソンですが、経営はゴールのない駅伝ですので、タスキを繋げていかなければなりません。私で7代目の社長で、代々の社長が様々な困難を乗り越えてきました。
節目も10年、20年と積み重なった結果が100年となり、一つひとつの節目を大切にすることで竹のようにまっすぐ大きく育ちます。100年はゴールではなく、次への100年に向けた1年の始まり。100年を契機に、次の10年キユーピーはどうあるべきかを考え、長期ビジョンとしてまとめることにしました。役員クラスは10年後いませんから、その時に最前線にいる中堅の皆さんに取り組んでもらい、2030ビジョンとして公表しました。一人ひとりの成長が会社の成長となるよう、―人の十歩よりも十人の一歩を大切にしている会社です。
―新入社員も入ってきますし、社員の気質も多様化してくるなかで、理念をしっかり浸透させることへの工夫はありますか。
理念はぶれませんが、経営は常に変化します。変化への対応では後手になるので、目指すのは変化を予測して変化を創ることです。
ですから、食卓を科学することが重要になります。冷蔵庫の中にボックスはいくつあるのか、お年寄りの場合どれくらいの容量でそこに何が入っているかがわからなければ、商品づくりはできません。食卓の変化を自分たちで調べることも必要です。その一つとして通販サイトQummyを通して、利用するお客様のお声を直接聴くことも行っています。作ったら売れる時代ではないので、食卓にこういうものがあったらいいよねと自分たちで探し出し創り出す時代です。
また、10勝0敗より20勝10敗の方がよいと話しています。私自身も提案しやってみることで、失敗と成功を社員と共に経験してきました。挑戦して失敗する経験も含めて、様々な体験を積み重ねていってほしいです。
―変化を創っていくことにおもしろさがあるということですね。
人の欲しがるものではなく、喜んでいただけるものをつくることを大切にしています。喜んでいただけるものがなにか、お客様自身も気づかないことがあります。真剣に食卓を科学すれば、今こういう状況だからこういうものがあったらきっと喜んでいただけるだろうという発想につながります。まだまだ変化を創れる、そのことにおもしろさがあります。
―栄養学では課題を見つけて解決しようとなりがちです。こうあったらもっと喜ばれるだろうという発想をもっといかしたいです。
結果を出すために今欲しがっているものに着眼するのは仕方ありません。その先を考えて、人に喜んでいただけるものを追求していく。他でもまねできるアイデア商品は1年しか持ちません。まねできないものはなにか、うちの技術力でどこまでいけるのか、さらに深めていかないと喜んでいただけるものには近づけません。よくここまで作れたねという感動を生み出したい。簡単にはいかないので、皆で知恵を出し合い、真剣に取り組み、積み重ねていくしかありません。
―食品メーカーに求められる人材とはどういう人材でしょうか。学生時代だからできることがあるでしょうか。
キユーピーでの社長時代、新入社員に渡す手紙に、3つのことを書いていました。1つめは「正直で誠実な人であり続けてください」ということ。品質に問題があれば命すら左右しかねないので、安心・安全を支え続けるためです。2つめは「常にお客さまの気持ちで考える人であってください」ということ。仕事に慣れてくると仕事をこなすことが目的になり、なんのための仕事なのか(WHY)を見失いがちです。3つめは「成長し続ける人であってください」ということ。
学生の皆さんも、自分がお客様である今のうちに、その立場で感じたり考えたり、いろいろな体験をしてみてください。新しい価値を生むことは大変なことですから、常にお客様の立場で考えてみること、どんなことにも興味を持ちできるだけ多くの経験をしてみることだと思います。
―現在、キユーピーみらいたまご財団で理事長をお務めで、食育や子ども食堂の支援などを積極的に行っていらっしゃいますが、日本の社会は、どういう社会であってほしいとお考えでしょうか。
日本の出生数は減少し続けており、2022年には80万人を割り込みました。子どもの数が減少したとしても、日本に生まれてきた良かったと思う国にすべきです。それが私たち大人の責任です。
キユーピーでは「食を通じて社会に貢献する」という創始者の精神を受け継ぎ、1960年から子どもたちのためにベルマーク運動や工場見学などを行ってきました。2002年からはキユーピーの社員が小学校に出向いてマヨネーズ教室を実施しています。食の大切や料理の楽しさを伝えるなかで、野菜の機能や大切さも伝えています。参加した小学生の数は累計で10万人を超えています。
最近、子どもの貧困が社会問題化しました。想いを共有できる団体の活動を広く支援することで、一企業だけでは成し得ない社会貢献に繋げていきたいという想いから、2017年にキユーピーみらいたまご財団を設立し、地域で活動する子ども食堂などを支援してきました。2023年度は全国で150団体の方々、4,600万円を支援させていただきました。キユーピーは灯台になりたい。規模は小さくても、光り輝くことで、その活動が見えて、広がることを目指しています。『食べたもので体ができる、聞いた言葉で心ができる、話した言葉で未来ができる』ともいわれており、いい大人に出会う場があれば生きる希望や力が持てる、そういう居場所がまた次の活動を生む、といった好循環を創りたいと思います。
―本学は、実践を重んじ、栄養と料理をその主軸に置いてきました。栄養学の分野、そして本学への期待があれば、お聞かせいただけますでしょうか。
日本は世界トップクラスの長寿国になりましたが、平均寿命と健康寿命には差があります。重要なのは、最期までおいしく食べて健康に過ごせるかどうか。そこに大きく関わるのが食です。栄養と料理といった実践力はますます求められていきます。経営は実践力がなにより重要です。評論家ではありませんから、想いを強くいかに実践できるかを考え抜くことだと思います。
栄養のあるものを皆がおいしく、手軽に食べて病気にならないカラダをつくる。衣食住のなかでも食がベース。ベースとなる食は、決してなくなりません。そこを担っていることへの自負とプライドをもって取り組んでもらいたいと思います。
この方に聴く 栄養学でイノベーションを起こす<第1回>
この方に聴く 栄養学でイノベーションを起こす<第2回>
栄養学の特徴の一つに学問領域の広さがあります。このため、「栄養学でイノベーションを起こす」をテーマに、様々な領域で活躍されている方々に、現在の取組みやその背景にある考え方、大切にしている視点などについてお聴きし、栄養学の可能性を追求していくことにしました。
今回は、マヨネーズなど調味料を主力商品とする食品メーカーであるキユーピー株式会社の前代表取締役社長で、キユーピーみらいたまご財団理事長 長南収さんにお話を伺いました。
今回は、マヨネーズなど調味料を主力商品とする食品メーカーであるキユーピー株式会社の前代表取締役社長で、キユーピーみらいたまご財団理事長 長南収さんにお話を伺いました。
―食品企業として、人々に親しまれる食品を提供し続けていらっしゃいますが、社会的使命への向き合い方や大切にしてきた姿勢についてお聞かせいただけますか。
創始者中島董一郎は、おいしく栄養のあるマヨネーズを生活必需品となるまで広く普及させるという信念のもと、国内初のマヨネーズ製造に取り組みました。食品を扱う者の心構えとして「正直、誠実」の教えを守り続けています。社内では役職で仕事をしないことを基本としているので、社長室もありません。どんなポストであれ、「正しいこと、間違っていること」を考え、発言できる職場環境を大切にしています。創業100年を超えましたが、創始者の人物像と理念が会社の隅々まで根づいている会社です。
イノベーションというお話がありましたが、食品は日々の積み重ねで生命に向き合うものですので、革新的な変化を引き起こすマジックを求めることはありません。日々の改良・改善を繰り返した結果、10年、20年経過してイノベーションに繋がるのだと捉えています。「良い商品は良い原料からしか生まれない」というこだわりで、例えば主原料の食油はキユーピースペックと呼ばれる精製度を極限まで高め、雑味をとっています。また食酢はマヨネーズに合った洋風酢が仕入れできなかったので、自社で会社を作って製造するなど原料には徹底したこだわりを持っています。「人のまねをしない」というのも創始者の教えで、まねされることはあっても、ひたすら創意工夫を行うことで、技術力を向上させてきました。磨き続けてきた技術力がブランドの信頼を支えています。事実、マヨネーズやドレッシングをはじめ国内初の商品が今も主力商品として伸びています。
―創始者の教えのもと徹底して物事を突きつめていく姿は、本学の歩みと似ています。栄養学は生活にいかしてこそ意味があるという創立者の考えが学内に浸透しています。イノベーションありきではなく、技術力の先に、イノベーションがあるという考えも、共感できます。
最も信頼されるメーカーを目指しています。「最も信頼される」ことの定義はなく、一人ひとりが考えることを大切にしています。私自身は、信頼には下限と上限があると考えています。下限は安心・安全のために絶対やらなければならないこと、上限は先方の期待を上回ることを行い、感動していただくこと。期待感を超えなければ、“最も”にはなりません。
機器や設備のすごさに感心はされますが、感動は人の行為で生み出されるもの。感動されるメーカーでありたいと考えています。
―本学は今年90周年を迎えました。キユーピーさんは2019年に100周年を迎え、その時に社長職でいらっしゃいましたが、節目の時にどういうことを考えられましたか。
創業100周年の2年前に前任の社長からタスキを引き継ぎました。例えると人生はマラソンですが、経営はゴールのない駅伝ですので、タスキを繋げていかなければなりません。私で7代目の社長で、代々の社長が様々な困難を乗り越えてきました。
節目も10年、20年と積み重なった結果が100年となり、一つひとつの節目を大切にすることで竹のようにまっすぐ大きく育ちます。100年はゴールではなく、次への100年に向けた1年の始まり。100年を契機に、次の10年キユーピーはどうあるべきかを考え、長期ビジョンとしてまとめることにしました。役員クラスは10年後いませんから、その時に最前線にいる中堅の皆さんに取り組んでもらい、2030ビジョンとして公表しました。一人ひとりの成長が会社の成長となるよう、―人の十歩よりも十人の一歩を大切にしている会社です。
―新入社員も入ってきますし、社員の気質も多様化してくるなかで、理念をしっかり浸透させることへの工夫はありますか。
理念はぶれませんが、経営は常に変化します。変化への対応では後手になるので、目指すのは変化を予測して変化を創ることです。
ですから、食卓を科学することが重要になります。冷蔵庫の中にボックスはいくつあるのか、お年寄りの場合どれくらいの容量でそこに何が入っているかがわからなければ、商品づくりはできません。食卓の変化を自分たちで調べることも必要です。その一つとして通販サイトQummyを通して、利用するお客様のお声を直接聴くことも行っています。作ったら売れる時代ではないので、食卓にこういうものがあったらいいよねと自分たちで探し出し創り出す時代です。
また、10勝0敗より20勝10敗の方がよいと話しています。私自身も提案しやってみることで、失敗と成功を社員と共に経験してきました。挑戦して失敗する経験も含めて、様々な体験を積み重ねていってほしいです。
―変化を創っていくことにおもしろさがあるということですね。
人の欲しがるものではなく、喜んでいただけるものをつくることを大切にしています。喜んでいただけるものがなにか、お客様自身も気づかないことがあります。真剣に食卓を科学すれば、今こういう状況だからこういうものがあったらきっと喜んでいただけるだろうという発想につながります。まだまだ変化を創れる、そのことにおもしろさがあります。
―栄養学では課題を見つけて解決しようとなりがちです。こうあったらもっと喜ばれるだろうという発想をもっといかしたいです。
結果を出すために今欲しがっているものに着眼するのは仕方ありません。その先を考えて、人に喜んでいただけるものを追求していく。他でもまねできるアイデア商品は1年しか持ちません。まねできないものはなにか、うちの技術力でどこまでいけるのか、さらに深めていかないと喜んでいただけるものには近づけません。よくここまで作れたねという感動を生み出したい。簡単にはいかないので、皆で知恵を出し合い、真剣に取り組み、積み重ねていくしかありません。
―食品メーカーに求められる人材とはどういう人材でしょうか。学生時代だからできることがあるでしょうか。
キユーピーでの社長時代、新入社員に渡す手紙に、3つのことを書いていました。1つめは「正直で誠実な人であり続けてください」ということ。品質に問題があれば命すら左右しかねないので、安心・安全を支え続けるためです。2つめは「常にお客さまの気持ちで考える人であってください」ということ。仕事に慣れてくると仕事をこなすことが目的になり、なんのための仕事なのか(WHY)を見失いがちです。3つめは「成長し続ける人であってください」ということ。
学生の皆さんも、自分がお客様である今のうちに、その立場で感じたり考えたり、いろいろな体験をしてみてください。新しい価値を生むことは大変なことですから、常にお客様の立場で考えてみること、どんなことにも興味を持ちできるだけ多くの経験をしてみることだと思います。
―現在、キユーピーみらいたまご財団で理事長をお務めで、食育や子ども食堂の支援などを積極的に行っていらっしゃいますが、日本の社会は、どういう社会であってほしいとお考えでしょうか。
日本の出生数は減少し続けており、2022年には80万人を割り込みました。子どもの数が減少したとしても、日本に生まれてきた良かったと思う国にすべきです。それが私たち大人の責任です。
キユーピーでは「食を通じて社会に貢献する」という創始者の精神を受け継ぎ、1960年から子どもたちのためにベルマーク運動や工場見学などを行ってきました。2002年からはキユーピーの社員が小学校に出向いてマヨネーズ教室を実施しています。食の大切や料理の楽しさを伝えるなかで、野菜の機能や大切さも伝えています。参加した小学生の数は累計で10万人を超えています。
最近、子どもの貧困が社会問題化しました。想いを共有できる団体の活動を広く支援することで、一企業だけでは成し得ない社会貢献に繋げていきたいという想いから、2017年にキユーピーみらいたまご財団を設立し、地域で活動する子ども食堂などを支援してきました。2023年度は全国で150団体の方々、4,600万円を支援させていただきました。キユーピーは灯台になりたい。規模は小さくても、光り輝くことで、その活動が見えて、広がることを目指しています。『食べたもので体ができる、聞いた言葉で心ができる、話した言葉で未来ができる』ともいわれており、いい大人に出会う場があれば生きる希望や力が持てる、そういう居場所がまた次の活動を生む、といった好循環を創りたいと思います。
―本学は、実践を重んじ、栄養と料理をその主軸に置いてきました。栄養学の分野、そして本学への期待があれば、お聞かせいただけますでしょうか。
日本は世界トップクラスの長寿国になりましたが、平均寿命と健康寿命には差があります。重要なのは、最期までおいしく食べて健康に過ごせるかどうか。そこに大きく関わるのが食です。栄養と料理といった実践力はますます求められていきます。経営は実践力がなにより重要です。評論家ではありませんから、想いを強くいかに実践できるかを考え抜くことだと思います。
栄養のあるものを皆がおいしく、手軽に食べて病気にならないカラダをつくる。衣食住のなかでも食がベース。ベースとなる食は、決してなくなりません。そこを担っていることへの自負とプライドをもって取り組んでもらいたいと思います。
この方に聴く 栄養学でイノベーションを起こす<第1回>
この方に聴く 栄養学でイノベーションを起こす<第2回>