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女子栄養大学のいま
「スキンマイクロバイオーム」研究者に聴くー新たな美の創出に向けてー
学園

「スキンマイクロバイオーム」研究者に聴くー新たな美の創出に向けてー

2023.07.18
この方に聴く 栄養学でイノベーションを起こす<第1回>

栄養学の特徴の一つに学問領域の広さがあります。このため、様々な領域で活躍されている方々に、現在の取組みやその背景にある考え方、大切にしている視点などについてお聴きし、栄養学の可能性を追求していくことにしました。多様化していくこれからの社会において、栄養学が人々の幸福や健康に貢献し続けていくためには、民間のイノベーション力や創造力を積極的に学んでいくことが必要です。
今回は、「美」をキーワードに、資生堂の研究員の柴垣奈佳子さんにお話をうかがいました。


―現在のお仕事の内容について、お聞かせください。

化粧品会社の研究所で、皮膚常在菌、スキンマイクロバイオームの研究を行っています。マイクロバイオームとは、ある環境に住む微生物の総体のことです。ヒトの身体にはそれぞれの部位に応じたマイクロバイオームがあって、その中で皮膚のマイクロバイオームの研究をしています。皮膚の中でも、顔向けのスキンケア商品の開発のために顔の皮膚のマイクロバイオームの研究に取り組んでいます。私たちは化粧品会社ですので、これまでにわかっているスキンマイクロバイオームの知見に基づいて、どのように肌を改善できるかということにつなげていくために必要な基礎研究を行います。

研究の成果を製品にしてお客さまにお届けすることがミッションになりますので、基礎研究だけではなく、製品としてどういうものを有効成分として配合したらよいか、成分のスクリーニングなど応用面での研究もカバーしています。マイクロバイオームという言葉自体、まだあまり馴染みのない方が多いと思うので、スキンマイクロバイオームがどういうものか知っていただくために、お客さまのお肌を診断する方法や装置の開発も行いました。そのような装置はお客さまがその場で結果がわかることが必要なので、主な常在菌を簡単に計測できる装置として開発しました。お客さまやメディアの方々に実際に体験していただく活動も、研究の一環として行っています。

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―学生時代にはどういう研究に取り組んでいましたか。また、研究のおもしろさについてお聞かせいただけますか。

学生時代は植物が大好きでした。高校の生物の先生のおかげでおもしろさを知って、大学は農学部を選びました。植物の分子生物学の研究に取り組み、博士課程に進み、アメリカでも研究を行いました。植物は動けないのでたまたま得た水分、日光、栄養などをうまく調整して成長し、適切なタイミングで次世代に譲っていくという仕組みが実に不思議で、その法則を知りたい一心でした。研究はほんとうに楽しかったです。

日本に戻って、化粧品会社に就職してから、研究の方向性も変わりました。その時に、ホットなテーマで今後伸びていく領域として、マイクロバイオームをすすめられました。実際に取り組んでみるとどんどん興味関心がわいてきて、おもしろさが尽きることはありません。現在行っているのは基礎研究ですが、化粧品メーカーですから、どういう価値をお客さまにお届けできるのか、製品としてお客さまに使っていただくことを念頭に研究に取り組んでいます。研究の成果が、製品という形になって、効果や反応を確かめられるので、やりがいがあります。

振り返ってみると、子どもの頃から本を読むのが好きで、ノンフィクションよりフィクションが好きでした。物語のスト―リーを通して、この人がこうやるとこうなるという様々なパタンを知るのがおもしろかった。このおもしろさは、仮説をつくって検証し試行錯誤を繰り返していく研究のおもしろさと似ています。ストーリーの中にある法則性を見出していくことには楽しさがありますし、見つけた時には大きな満足感が得られます。今は、マイクロバイオームというストーリーから掘り出している最中で、研究を存分に楽しんでいます。

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―社会において解決しなくてはならないと思う課題はなんでしょうか。そこに現在の研究はどうつながっていくと考えていらっしゃいますか。

それは、環境問題です。スキンマイクロバイオームの研究をしていて思うのは、私たちにとって皮膚に住む常在菌たちは一番身近な環境と捉えることができるのではということです。スキンマイクロバイオームの考え方は、皮膚を構成している細胞だけに着目するのではなく、そこにいる微生物も含めて全体を捉えようとするものです。微生物とどう共生するかという新たな視点ともいえます。

キレイな肌は、微生物とのバランスがとれた安定した状態で、微生物が過度に多かったり、ストレスがかかったりすると肌荒れなどの不調をきたすことになります。微生物との共生は自然界の一つの姿で、それが自身の皮膚でも起きている。どうやったらうまく共生していけるのか、どうやったら肌の調子が整うのか、そうした自分の身体での変化に気付くことが、自身の毎日の生活からは遠いところで起きている環境問題を身近に考える一歩につながるように思えるのです。

そして、ゆるやかに全体をいい方向に向けていく、ちょっとした変化に満足感を得て幸せになれる、そうした日本人のものの考え方というか美意識というか、こうした感覚は環境に向き合う上で大切なのではないかと感じています。完璧な美を求めてそれを手に入れようとすれば、人間の欲望には際限がないので、追求の先にたどり着くのは、疲れ果てたヒトの姿、限られた資源を枯渇させてしまう地球の姿かもしれません。一方、前に比べて今の方が少しよくなっている、わずかな変化に満足し、少しのゆとりが生まれれば、周囲や環境に気を配ることにつながるかもしれません。人類がテクノロジーをいかに進化させようと、自然を完全にコントロールすることはできません。それに気づきながら止めることのできない資本主義システムの行く末を懸念しています。

スキンマイクロバイオームを意識することは、自然との共生を日々の生活で実感させてくれる、そしてゆるやかで豊かな日本人の美意識を形成してくれる、大切な存在になる可能性があります。当社は日本で生まれた企業ですから、日本人らしい価値観や方法で、スキンマイクロバイオームの可能性を広げていきたいと考えています。

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―スキンマイクロバイオームと食生活の関わり、そして栄養学への期待について、お聞かせいただけますでしょうか。

スキンマイクロバイオームと生活習慣、食生活との関係は、まだまだ研究途上です。

皮膚の状態は、腸内細菌をはじめ、体内でのさまざまな代謝の結果でもあるので、食べたものは確実に影響しています。皮膚の常在菌も肌に働きかけていますが、肌も常在菌に働きかけていて住処と食料を与えているので、人が食べたものは重要です。生活習慣や食事内容の違いがどう影響しているのかに関する研究も行われていますが、そこには様々な要因や状態が関与していて、わかってきたことをもとに仮説を立て、そこから検証していくことになりますので、解明までには長い時間がかかります。ぜひ、栄養学からもそうした研究に取り組んでいただけたらと思います。

また、日常生活を送るなかで、いろいろな切り口で栄養学が語られるといいな、と思います。例えば、少し偏った食事をとってしまった時、やや寝不足だと感じる時、スポーツに取り組んでいる時など、体の変化をふと感じる瞬間に、栄養学をベースにこうしたらいいという提案や情報があると、嬉しいですし、喜ばれるのではと思います。人は食べたものでできていると実感していますし、もっと食べることに気を配れば、肌の状態はもちろん、パフォーマンスも上がります。

「美」をどう捉えるかは人それぞれで、曖昧な面もあります。健康であることが「美」の基本で、その健康を支えるのが栄養だとしたら、栄養学を正しく理解し、それを広めることは人々の美に貢献し、幸せや喜びをもたらす上で、非常に大切なことだと思います。

〈柴垣 奈佳子さんのご経歴〉
東京大学博士課程修了後、スタンフォード大学などで分子生物学研究、2011年より化粧品会社にてスキンマイクロバイオーム研究に取り組む。2017年より株式会社資生堂グルーバルイノベーションセンターに勤務し、スキンマイクロバイオーム(皮膚常在菌)に着目したスキンケア製品の開発の研究を行っている。
現在、みらい開発研究所 シーズ開発センター 肌有用性価値開発グループ 主任研究員。



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