香友会主催講座・講習会
令和5年度第3回「専門家講座」開催報告

テーマ:
最新の診療ガイドラインのエビデンスとその実践〜高齢者を巡って〜

講 師:本田 佳子 先生(女子栄養大学教授 医療栄養学研究室)

 

本田先生画像 令和5年度第3回専門家講座が、令和5年10月14日(土)にオンラインライブ配信で開催され、後日オンデマンドでも配信されました。
 ご講演では、糖尿病の病名変更についてのトピックスからスタートし、続いて、高齢者を巡る視点で「肥満症診療ガイドライン」と「糖尿病診療ガイドライン」に関しての最新情報をわかりやすく解説いただきました。

糖尿病病名変更に関する提言

 糖尿病に対する誤解や偏見を払拭しようと2023年9月に日本糖尿病学会と医師や患者で作る日本糖尿病協会による糖尿病名称変更についての会見がありました。糖尿病の新たな呼称としては英名に基づいた「ダイアベティス(diabetes)」あるいは「高血糖」にする案が発表され、今後1〜2年のうちに新たな病名の提言がなされるということです。

「肥満症診療ガイドライン2022」の改訂のポイント

 2016年版から6年を経ての改訂となります。肥満症の治療の目的は減量によって健康障害を改善したり予防したりすることで、生活の質(QOL)を高めることです。
 2022年版では、高度肥満症、小児の肥満と肥満症、高齢者の肥満と肥満症、肥満症治療薬の適応および評価基準の章が新設されました。なお、次回の管理栄養士国家試験には今回の改訂内容が出題範囲として含まれるとの情報もいただきました。

1)高度肥満症
 BMI35以上の高度肥満のうち, 肥満に起因ないし関連して減量を要する健康障害または内臓脂肪蓄積を伴う場合に高度肥満症と診断されます。ここでの健康障害には11疾患があり、注意を要する合併症としては、①心不全②呼吸不全③静脈血栓④閉塞性睡眠時無呼吸症候群⑤肥満低換気症候群⑥運動器疾(主に下肢)、の6つの疾患があげられます。
*肥満外科手術:2014年に保険適用となった「腹腔鏡下スリーブ状胃切除術」を行う頻度が増えている。術後の対応には、肥満の状態をつくらない栄養食事指導が求められる。

2)小児の肥満と肥満症
 疫学データから小児の糖尿病発症のエビデンスが増加しています。増加の要因は社会的な環境の影響が推察され、具体的には野菜摂取量の不足や加工食品摂取の頻度が多いなどが考えられます。2017年に「小児肥満症診断ガイドライン」が作成されています。

3)高齢者の肥満と肥満症
 高齢者は「オペシティ・パラドックス」となる肥満と心血管疾患の関連性が低いことが知られています。肥満は糖尿病や心疾患などの重要なリスク要因であるにもかかわらず、肥満者のほうが長生きするという現象「オペシティ・パラドックス」ということです。ただし個人差もあり、適正体重の明確な基準は示されていません。痩せ過ぎによるリスクがあるため、内臓脂肪や筋肉量の状況を計測すること、根拠となる食生活状況と身体活動の評価が重要で、要因は生活環境にあるのか、買い物のしにくさか、社会参加をしていないことにあるのか、までのアセスメントが必要になります。エネルギー量設定のための目標体重は65歳以上ではBMI22以上25未満とします。高齢者は体重目標を少し高めに設置すべきということです。

4)肥満症治療薬の適応および評価基準
 新たに承認された肥満症治療薬セマグルチドは、食欲を抑制し体重減少効果が評価されているGLP-1受容体作動薬です。投薬時には食事療法や運動療法を併用して行動変容を促すことが必要であり、薬剤師や管理栄養士、理学療法士など多職種によるチーム医療が求められます。

5)肥満症の栄養食事療法
 肥満症の食事療法では必須アミノ酸を含むたんぱく質、ビタミン・ミネラルの十分な摂取が必要です。高齢者肥満ではサルコペニアやフレイルの予防のために、たんぱく質を1.0 g/kg目標体重/日以上摂取します。また、食物繊維の摂取は減量に有用とされています。
 高度肥満症であれば食事療法と運動療法の併用が望ましく、ウエイトサイクリング(weight cycling)をさせないようにリバウンドに注意をします。
*肥満症(25≦BMI<35):1日の摂取エネルギー量の算定基準は25kcal×目標体重(kg)以下とする。
*高度肥満症(BMI≧35):1日の摂取エネルギー量の算定基準は20〜25kcal×目標体重(kg)以下とする。
 また、肥満症の食事療法では積極的な人工甘味料の摂取は推奨されません。甘味から遠ざかり、食品の持ち味で満足できる感覚にスライドさせることが大切ということです。

「糖尿病診療ガイドライン2019」―高齢糖尿病―

1)高齢者糖尿病の特徴
 高齢者糖尿病は合併症や併存疾患だけではなく、身体機能や認知機能、社会・経済状況など患者個人で大きく異なります。また、加齢とともに耐糖能は低下し、高齢者の新規糖尿病の頻度が増加します。
*加齢に伴うインスリン分泌低下、体組成の変化(筋肉量の低下、内臓脂肪の増加)、身体活動量の低下などによるインスリン抵抗性増大、膵β細胞の老化
 食後の高血糖や低血糖を起こしやすく、低血糖に対する脆弱性を有します。低血糖の悪影響(認知機能低下、認知症、転倒、骨折、フレイル、ADL低下、うつ、QOL 低下)が大きく、サルコペニア、尿失禁、低栄養などの老年症候群をきたしやすくなり、また、脳梗塞、虚血性心疾患などの動脈硬化性疾患の合併頻度も増え、無症候性の場合が多くなるということです。

2)高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)
 目標値は、患者の特徴・健康状態(年齢、認知機能、基本的ADL等)、重症低血糖が危惧される薬剤(インスリン製剤など)の使用などにより異なリます。

3)高齢者糖尿病の栄養食事療法
 炭水化物の摂取不足や摂取過剰にならないようにし(適正量は50〜60%)、重度の腎機能障害がなければ十分なたんぱく質を摂取します。
 ビタミンB群やビタミンAの不足や、飽和脂肪酸・トランス脂肪酸が多く不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸の比が低いことは、認知機能低下と関連するという報告があります。
 低栄養は基本的ADLの低下、握力低下、下肢の身体機能、QOL低下、在院日数の延長、在宅復帰率の減少、死亡率の増加と関連します。さらに消化器機能低下により萎縮性胃炎によるペプシン量低下、加齢による筋肉量の減少、骨の虚弱性が考えられるので、低栄養を起こさないおだやかな血糖コントロールが重要になります。

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 診療ガイドラインの最新の知見から高齢者に関わる多くの実践スキルを共有することができました。また、アセスメントによるデータを継続して記録することで次のエビデンスに展開できるという、専門職にとってのルーティンの重要性も認識しました。


 〔取材 香友会広報部〕