香友会主催講座・講習会
令和4年度第1回「専門家講座」開催報告

テーマ:栄養学分野の活動に必要な視野と人材養成:
         東京栄養サミットを経て、環境負荷低減に向けた食事バランスガイド活用の方向性
講 師:武見 ゆかり  先生(女子栄養大学教授)

 2022年8月11日(木)14時より、令和4年度第1回専門家講座がオンラインにて開催されました。講師は女子栄養大学大教授武見ゆかり先生。栄養学に関わる私たちに、2時間たっぷり、様々な資料やデータを提示いただき。グローバルな視点で考えることの大切さを熱く語ってくださいました。内容は後日、オンデマンドでも配信されました。

武見先生画像

 はじめに、国をあげての大きな取り組みであった「東京栄養サミット」が開催に至る経緯についてです。2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック競技大会を契機として地球規模で栄養について考え、取り組もうと「成長のための栄養(Nutrition for Growth:N4G)が開始されたこと。同年にWHOより「母子に関する国際栄養目標」が設定されたこと。そして2014年FAO/WHO第2回国際栄養会議で「栄養に関するローマ宣言」。2015年国連「持続可能な開発目標(SDGs)が採択されたこと。このような中、2017年UHCフォーラムにおいて安部元総理が日本で栄養サミットを実施することを宣言し、2021年12月7日、8日に「東京栄養サミット」が開催されました。

 日本政府が主催となったこのサミットは、約60か国の首脳級および閣僚級、ほか国際機関の長、民間企業、市民社会、学術界の代表等合計90名以上が発言しました。日本からは岸田総理大臣、林外務大臣、金子農水大臣、後藤厚労大臣(佐藤厚労副大臣による代読)が出席しました。初めて低栄養と過栄養の「栄養の二重負荷」が取り上げられ、また新型コロナウイルスによる世界的な栄養状況の悪化に対応すべく、①健康②食③強靱性④説明責任⑤財務確保を中心に議論を行い、「東京栄養宣言(コンパクト)」を発出し、栄養改善に向けて国際社会が今後取り組むべき方向性を示されました。このサミットではコミットメント(誓約)をすることがサミットの中核とされ、コミットメント作成ガイド(SMART)に基づきコミットメントを行うことが奨励されました。
 次に国際的な栄養改善および持続可能なフードシステムの構築等に関しての紹介です。国際的医学誌Lancetに「EAT-Lancet委員会」報告が発表されました。世界の人々に健康的な食事を提供し、かつ「持続可能な開発目標(SDGs)」や「パリ協定」を達成するには、持続可能なフードシステムによる健康的な食事への転換が必要と提唱しています。望ましい食事は、野菜や果物など植物性食品を約半分、肉類や乳製品など動物性食品は全体の1割程度、残りは全粒穀物、植物性たんぱく質(豆類や種実類)と植物油と提言。この提唱されている食事パターンと日本人の食事摂取状況を比べると、全粒穀物や果物の不足があり、リスク要因にもなっていますが、持続可能な食料消費面からみると、日本食は調整の必要は少なく、食生活の改善面では世界に貢献可能な食事であることが示唆されています。
 さらに、WHOによる「持続可能で健康的な食事」とは、「個人の健康とウェルビーイングのあらゆる側面を向上させ、環境への負荷と影響が小さく、入手しやすく、手頃な価格であり、安全で公平で、そして文化的に受け入れられる食事パターンのこと」とされています。各国の食文化・食習慣の中で、受け入れられるもので、持続可能で健康的な食事の実現にむけた指針が出されています。健康への側面、環境への側面、社会文化的側面と大きく3つの側面での指針となっています。国際的な動向としては、「持続可能な食事・食生活」の視点から考えられ、具体例として、地中海食は4つの視点を入れて研究されています。スイスのフードガイドは食品の環境への負荷も考慮されたポスターとして作成されています。欧米(アメリカ・カナダ・イギリス・ドイツ・スイス・オランダなど10か国)の食生活指針・フードガイドでも環境の視点(食品廃棄問題、土地利用問題、温室効果ガス削減など)が盛り込まれています。
 このような方向の中、日本の食生活指針そして第4次食育推進基本計画の中でも、「環境の視点」や「持続可能な食を支えていく食育の推進」などが盛り込まれ示されています。食生活指針の「ごはんなどの穀類をしっかりと」これは食糧自給率の視点です。「食糧資源を大切に、無駄や廃棄の少ない食生活を」には、食品ロスや食品廃棄物削減の視点が盛り込まれています。このように取り組みの方向性が示されているからこそ、地域や学校などで深く考え、具体的にどう取り組んでいく必要があるか、私たち栄養関係者の今後の活動が大切だと熱く語られました。
 その他、省庁ごとに取り組み、進んでいる戦略、具体的には農林水産省による「国連食料システムサミット」「みどりの食料システム戦略」そして「環境の視点を取り入れたフードガイド策定にむけた検討会」。厚生労働省の「自然に健康になれる持続可能な食環境作りの推進にむけた検討会」など。政策としての食環境作りや規制や規則でしばるのではなく、産学官の関係者で構成される組織体を立ち上げるなど政策として動いている事例も紹介いただきました。
 最後に、世界で起こっている栄養や食に関する様々な政策事例をご紹介いただきました。イギリスのパンの減塩運動は、積極的に国が関与し、食品企業を巻き込みそしてメディア・情報提供・栄養表示の利用促進を促し成功に導きました。アメリカFDAの加工食品・冷凍食品の減塩推進政策。デンマークの高飽和脂肪酸食品への課税(現在は廃止)。WHOの糖類摂取ガイドライン、甘い飲み物に課税する国があること。広告・マーケティングの規制として、甘いものの広告規制、韓国の子どもを対象にしたジャンクフード広告規制、母乳育児に関する規制。日本で母乳代替ミルクのマーケティングを行っていることは世界的に問題になっていることなど紹介いただきました。
 国際的な問題として、各国がそれぞれの国の現状を鑑み、人々の行動変容を促す取り組みを行っています。日本ではどのような「教育」を実践していくのか。具体的にどんな「環境つくり」をしていくのか。一人一人が、そして組織として何をしていくのか。私たち栄養関係者はどう具体的な取り組みをしていくのか。東京栄養サミットでの世界の動きを視野に、日本の取り組みをさらに深く考えていく必要があり、専門家として、健康的な食生活を実践し、持続可能な社会に向けて、考え、行動する力が必要だと力強く語られました。
 *東京栄養サミットに関しては、農林水産省、外務省のホームページに掲載されています。
 

 〔取材 香友会広報部〕