香友会主催講座・講習会
平成30年度第5回「専門家講座」開催報告

 

 平成31年3月17日(日)13時30分より、女子栄養大学駒込キャンパスにおいて、第5回「専門家講座」が開催されました。講師の辻 ひろみ先生には、食品開発を行う企業側と食指導に携わる栄養士・管理栄養士という二つの職種の視点から、ムスリム対応について基本的かつ実践的な事例を交えて講演をしていただきました。

テーマ:これからの食の現場で知っておきたいこと 「多様な文化の食対応—ムスリムの場合」
講 師:東洋大学教授 辻 ひろみ先生

■ムスリム(イスラム教徒)の食文化に関わるきっかけ‥‥大学や地域が接点

 

講師画像

辻ひろみ 先生

 辻ひろみ先生は、女子栄養大学大学院(給食管理)を修了後、いくつかの大学の教員を経て、食品会社での食事分析や栄養指導業務に携わられました。現在は、東洋大学食環境科学部栄養学科において教育や研究をおこなっていらっしゃいます。
 東洋大学は「TOYO GLOBAL DIAMONDS グローバルリーダーの集うアジアのハブ大学を目指して」の構想で、文部科学省が支援する、学生のグローバル対応力育成のための体制強化を進める大学として採択され、日本の大学の国際化の一部を担っています。このような環境のなか、大学や地域におけるムスリムとの活動経験から、食事提供者としてムスリム対応の受け入れのための情報共有について研究を進めています。

[留学生や研修生との郷土料理の実習から多様な嗜好に気付く]

 東洋大学(群馬県板倉キャンパス)において、2015年JICA(国際協力機構)のモロッコ研修生に対して給食施設における衛生管理実習をしたことが、ムスリムを研究する始まりとなりました。調理実習では、みりんや酢はアルコールを含むために砂糖やレモンで代用し、ダシは魚醤や昆布を使い、揚げ油は製造工程の触媒として豚を含まない食品で調理を行いました。このムスリム仕様に対しても、ダシはおいしいけれどインパクトがない、肉が食べたい、スパーシーな味もほしいという感想が多くありました。インバウンドはせっかく来日したのだからもっとおいしいものがほしいという要求も強く、ハラール料理で嗜好面を受け入れてもらえるメニューは何かという課題がありました。

■なぜ今、ムスリムなのか‥‥‥イスラム教徒の生活習慣の基本は信仰

 ムスリムの信仰の強さや食習慣・日常的な行動(礼拝や断食など)のルールは人によって大きく異なります。そのため、受け入れる側の意識改革の一つにムスリム対応が位置づけられます。

[今後、在日ムスリムが増えることが予想される]

 世界のイスラム教徒の分布は広く、現在日本在住のムスリムは10〜20万人といわれます。2019年4月からは外国人労働者の新たな在留資格創設が決定され、外国人労働者とその家族を含めた外国人居住者の増加が予想されます。また、特定技能実習生の業種が増えることもあり、受け入れには働く場所だけでなく幅広い生活の場における環境整備が欠かせません。特に、わが国はイスラム圏からの人々の生活様式を尊重した支援が遅れているという現実もあります。

■ハラール認証とは‥‥ハラールマークがあるとムスリムは安心

 ハラールとはイスラムの教えで「許されているもの」を意味するアラビア語です。わが国ではハラール認証の発行団体が乱立し、認証内容の基準に幅があります。日本政府や自治体による基準は宗教に関与するために提示されていません。一方、マレーシアやインドネシアは国認証ですから、ハラールの情報源の参考材料になると考えてもいいでしょう。

[ハラールとハラームを理解する]

 ムスリムの生活はハラールとハラームで判断されます。ハラールとはコーランに示す「合法」、ハラームは「非合法(許されていないもの)」を指します。しかし、その中間の考え方をするムスリムもいます。
 ムスリムへの対応はハラール認証がなければできないのではなく、認証以外の対応の方法(厳格な基準から寛容な基準まで)があります。ハラームの食品を使わずにハラールにする変換の対応では、例えば、豚が原材料のゼラチンは寒天やアガーなど他の凝固剤を使うことで解決できます。

[ハラール認証基準は「農場からフォークまで」の考え方]

 認証対象は食品のほかに医薬品や化粧品、包装材など広範囲に及びます。食品製造段階の添加物ではエキスもハラール、パンは植物性ベーキングパウダーを使用、肉加工品は乳化剤や消泡剤はゼロにというものです。原材料の飼料からの判断もあります。また、認証の範囲は原材料だけではなく、製造工程の環境に至るまでと厳しいもので、認証の対応プロセスは衛生管理システムに準じます。給食設備では、専門の厨房・専用器具・専用食器の使用、消毒は非アルコールや紫外線照射、熱湯消毒などです。
 認証基準ではムスリムの雇用が示されている場合が多く、ムスリムにとっては安心感があるということです。

■ムスリムに向けた個別対応・給食対応‥‥できるところから取り組む

 ムスリムへの対応は、対応国の生活習慣や信仰を理解して個人を受け入れ、イスラムの環境を整えることです。どのような配慮が必要なのかはムスリム本人の判断を重視します。

[保育所、学校、病院、事業所等の給食対応では、判断できる情報を開示]

 ある程度の方向性を得て慎重に個別対応します。これからは食品開発や食事指導の専門職種が「うちではこうしています」と事例報告ができるようになることが望まれます。

  1. ハラール食品が入手できるように食品開発・流通業界に期待
  2. ムスリムの食品転換を行うための個別アセスメントシートの作成
  3. 給食材料でハラーム食品一覧表とハラール食品交換表を作成
  4. ムスリムにも日本人にも好まれるメニューをカード化して共有
  5. メニューや栄養表示にピクトグラム(絵文字)と多言語を併記する。図化することで外食産業では説明のしやすさで従業員の不安がなくなり、客からのクレームも減少
  6. ムスリム対応の情報を得ることができるホットラインの設定

[だれもがおいしいと感じられるハラールメニューの開発]

 ムスリムの食の嗜好の傾向は、例えば中央・東南アジア諸国の人々では、甘みや酸っぱさ、辛みのバランスが日本人よりも強く、スパイス等の香りを重視する傾向にあります。味覚や味付けは人により好みが分かれますが、国際化の流れのなかで、ムスリムを含めた多くの人に受け入れられる料理を考案し、それぞれの場で積み上げて共有していくことが大切です。

◇◇◇ 

 講演終了後、ムスリム対応の調味料やスパイス、乾麺、嗜好品の展示が行われました。シロップをかけた甘いドーナツ風のスイーツやデーツ(乾燥フルーツ)、キャンディ、チャパティ(パンの一種)などの試食で、ムスリムの嗜好の一端が実感できました。

ハラール食品画像

ハラール食品の展示

試食画像

講演終了後ハラール食品を試食


 〔取材 香友会広報部〕