香友会ニュース
令和7年度香友会ホームカミングデー開催〜特別講演会〜

令和7年度定例会員総会に続き、午後のプログラムではホームカミングデー特別講演会を開催しました。本学教授の加藤久典先生を講師にお招きし、最新の知見として「テーラーメイド栄養学から精密栄養学へ」をテーマにご講演いただきました。

テーラーメイド栄養学から精密栄養学へ

加藤久典 先生  
女子栄養大学教授(栄養生化学研究室)

精密栄養(プレシジョン栄養)とは

先生画像

女子栄養大学教授
加藤久典先生

基礎栄養学の分野は、栄養化学、栄養生化学、分子栄養学、ニュートリゲノミクスと変遷する中で、個人の遺伝子のタイプや体質などに合わせた栄養(テーラーメイド栄養、個別化栄養、など)が注目を集めてきましたが、その人の「その時の状態」にも合わせて最適化する「精密栄養(プレシジョン栄養)」という考え方に発展してきました。
 プレシジョン栄養とは、年齢、ライフステージ、性別、ゲノム、エピゲノム、腸内細菌、睡眠(休息)、運動や活動強度、体格や体組成、血液等におけるバイオマーカー、病歴、ストレスや精神状態、食事履歴、嗜好、季節や時刻等を含むさまざまな因子を統合して導き出される栄養。プレシジョンとは精密、正確、詳細、的確という意味で2015年1月30日の一般教書演説でオバマ大統領が精密医療イニシアティブ(Precision Medicine Initiative) の重要性を述べた際に例えばがん治療においてもより多くのより適切な治療を患者主導でおこなうことなどが提示されました。

胎児期の栄養とプレシジョン栄養

 次に、先生の携わったDOHaD学説の検証について詳しく紹介していただきました。
 一般に、疾病のかかりやすさは「遺伝要因」と「環境要因」に起因すると考えられていますが、DOHaD学説は将来の健康や特定の病気のかかりやすさは、胎児期や生後早期の環境の影響を強く受けているという概念です。
 従来小さく生んで大きく育てることを美徳とする考え方や妊婦のスリム嗜好から日本は低出生体重児が多く、低体重児が肥満、高血圧、糖尿病につながりやすいという健康課題について、先生は動物実験で検証されました。母体にやせや低栄養があると、胎児への栄養供給が低下します。必要な栄養が十分に供給されない状況が続くと、栄養が中枢神経の成長に集中的に使用されるため、体の発育が制限されて低出生体重となります。胎児の体はエネルギーが足りない状況に適応するため、エネルギー代謝調節や内分泌調節などを通じて、エネルギーの消費を抑えて体内に溜め込むエネルギー倹約型に変化します。この体質は生後も持続するため、乳児期や幼児期以降にエネルギーの過剰摂取や運動不足などの要因が加わると、肥満や高血圧、耐糖能異常といった生活習慣病を発症しやすくなります。
 子どもには環境に適応した体質の変化(predictive adaptive response)が起こり、その後に環境の変化が起こると、前の環境に合わせて変化した体質が新たな環境に適応しきれず、疾病にかかりやすくなる。疾病の発症前に予防的な治療を行う医療を「先制医療」と呼びますが、この観点でもDOHaD学説が重要です。胎生期から生後早期に介入することで、将来的に疾病を「発症してから治す」のではなく「発症を予防する」ことができるようになるかもしれません。

 先生の研究では、高血圧モデルラットにおいて、母ラットが妊娠中に低たんぱく質食を摂取することによりエピジェネティックな変化(DNAの塩基配列は変わらないけれど遺伝子の機能が変わること)で高血圧、脳卒中がプログラムされ、出生後子ラットは食塩感受性が高く、傷害を受けやすい体質が成長後も維持され、高血圧がより増悪して早期に死亡するということが確認されました。子ラットの腎臓のDNAについてゲノム全体のメチル化を解析し、出生後の離乳直後から栄養状態を通常・低たんぱく・高たんぱくの3パターンに分けて妊娠中低たんぱくで出生した子の成長が遺伝子レベルで回復し得るかどうかについて検証したところ、胎児期低タンパク質食により悪い影響を受けた子が高たんぱく質食を摂取することは却って良くないことがわかりました。

個人の遺伝子の特徴とプレシジョン栄養

 遺伝子の違いによる飲酒に強いタイプ、弱いタイプがあります。魚の摂取頻度調査から性別、年齢、居住地域、飲酒量・飲酒頻度を参照するとアルコールに強いタイプの男性は魚の摂取頻度が高いことがわかりました。また、性別、飲酒習慣ごとに特徴的な食行動とBMIとの関連がみられました。
 また、サプリメントの効果とゲノムの関係について、ラクトフェリンの抗肥満効果が全体としてはあるが効果に個人差があることについて、その傾向の予測が示唆されました。

 社会実装に向けてはゲノムデバイス開発、食事評価等測定技術、情報解析等多くの専門家、産業界が連携してデジタルプラットフォームを実現、レシピデータベースや個人情報などの権利保護を実現しつつ、緩やかに共有できる社会インフラが必要です。
 プレシジョン栄養学は、食の出口としての健康を提供するとともに、過剰なエネルギーを摂取せず、最適な食事を提供することにより食品ロスを減らして、なおかつおいしい食生活を提供できることに貢献できるものと考えています。各個人の栄養・健康から様々な集団のためのpreciseな栄養、持続可能性のためのpreciseな戦略、地球環境保護へ、地球規模のプレシジョン栄養学が地球資源の有効な活用につながるという展望が示されました。

 本講演は基礎栄養学の発展、遺伝子と遺伝子発現、人が生きて成長し、子孫を増やす、その営みにおけるプレシジョン栄養について広く学び、改めて栄養学の奥深さを感じることができました。
 本講演での学びを専門職として健康教育に活用していきたいと思いました。

報告/広報部 鈴木英子