令和7年度 食文化栄養学実習

宮内正ゼミ■文化学研究室


瘦せたい女性たち
変わりゆく体型に対する価値観

   現代女性を取り巻く問題の一つに「過大な痩身願望とダイエット行動」がある。 「瘦身願望」とは体型をスリム化しようとする欲求のことだ。SNS の普及などもあって、体型に対する価値観は多様化するばかりか、むしろ先鋭化している。 なかでも、 痩せたいと願う女性の急増ぶりは著しい。 なぜ瘦身願望がこれほどまでに急増しているのか。 その経緯を明らかにし、彼女たちが追い求めるものは何かについて考察する。
   こうした変容の背景にあるのが自分の身体像への関心の高まりである。リアルな空間だけでなく、広告などのメディア空間や SNS などのオンライン空間において、いわゆる「ルッキズム」を助長させるコンテンツが増加している。ルッキズムとは、外見や容姿を重視して人を判断することだ。 整った容姿の人が取り上げられ賞賛されることにより、 特定の外見を評価するものさし(尺度)が「基準」として拡散する。これにより痩せていることが「美しく可愛い」という共通認識が生まれる。ダイエット行動というものも、食事制限や運動などのネガティブなイメージがある反面、主体的に自分の身体を変えることができるという満足感や達成感を与えてくれる源泉であり、自分に自信を与えてくれる手段でもある。
   幼少期における初期経験の積み重ねも、思春期以降の自己評価や他者比較に影響を及ぼし、「細くなければ美しくない」という信念を強化するといわれている。たとえば、幼少期に見たアニメや遊んだ玩具が影響するのではないかと考える。「プリキュア」や「ディズニープリンセス」など女児に人気なアニメの主人公は、共通して細く、長い手足、小顔、華奢な体形で描かれている。これらのキャラクターが「可愛く、強く、憧れられる存在」であるという価値観が幼少期からしだいに内面化されていく。バービー人形やリカちゃん人形も「可愛い服を着こなす」 = 「細い身体であること」を暗に内面化させる構造をもっている。人々の身体像は時代とともに多様に変化してきた。なぜいま瘦身願望がこれほどまでに拡大しているのか、それらに影響を与えているとされる社会的・文化的・経済的・メディア的要因の分析、若年女性の自己認識や美意識の変容をつうじて明らかにする。

行列のできるラーメン店の魅力
なぜ並んでまでして食べたいのか

   行列のできるラーメン店に並ぶ人たちは、なぜわざわざ数十分もの時間をかけて列に並ぶのだろうか。ふつう、ラーメン店といえば「サクッと食べて店を出る」「早くて安い」のが魅力であるはずなのに、この人たちは、時間をかけて並ぶことを無駄なことだとは思わないらしい。「利便性」「効率」「安さ」というメリットが得られなくても構わない。そうしたメリットをはるかに越える、大きなメリットとはいったい何か、どういうものだろうか。
   本研究は、「行列のできるラーメン店」に見られる独特な消費行動の心理的・社会的要因を、行動経済学や社会学を駆使して、その経済的・社会的・文化的観点から探るものである。一般的に、行列は待ち時間や不便を伴うため、ある種の「損失」として認識される。その「損失」ができるかぎり公平になるように、先着順に並ぶように標識や目印をつかって指示・誘導する。ところが、人気のラーメン店では、行列はむしろその店の味に対する評価の高さを「証明するもの」として捉えられている。しかも、その行列に自分も並ぶ(参加する)という行為は、その店の稀少性を認識している集団の一員であることを自己確認すると同時に、街行く人たちに対して自分がそうした洗練された味覚をもつひとりであることを自己表現することを可能にしているのではないだろうか。いわば自分というかけがえのない存在を実感できる「(貴重な)体験」として受けとめているのではないか。
   そもそも行列文化は昭和40年代、高度経済成長期のラーメンブームとともに形成された。ご当地ラーメンの多様化や専門店の増加やメディアの影響によって、「並ぶ」ことが食文化の一部となり、行列は単なる待機ではなく、「人気の証」や「体験価値の一部」となる。
   また、行動経済学の「バンドワゴン効果」や「機会損失」の理論によれば、行列には他者の選択を模倣する「流行追随の心理」があり、「並ばなければ体験できないもの」が同じ時間に得られたであろう利益をはるかに上回るものがあるということになる。
   近年のSNSや口コミの普及によって「行列のできる店=評価の高い店」という社会的評価が広まり、行列はむしろ「プラスの意味をもつ行動」へと転換し、「通の証明」や「他者との差別化」、自己満足や所属意識を満たす行為として機能するようになっている。
行列という一見非合理的な行動が、実は消費者の心理的満足や文化的価値の一部として成立していることを明らかにし、「行列=不満」という従来の認識を再考することを目指す。