竹内由紀子ゼミ■食文化研究室
日本ワイン産業における甲州の固有性とその意義
本研究では、甲州ワインはなぜ『日本らしいワイン』と評価されるのか、という問いを出発点に、葡萄としての甲州種の固有性と、日本ワイン産業における甲州ワインの意義について考察する。私が甲州ワインに関心を持ったきっかけは、和食に寄り添うその味わいに惹かれたことである。ワインを学ぶ中でワインは単なる嗜好品ではなく、その土地の歴史や文化、醸造技術まで映し出す飲み物だと感じるようになった。そこで甲州の「日本らしさ」は、単に日本で栽培・醸造されていることではなく、海外から伝わった葡萄文化や品種が、日本の風土や文化の中で受け入れられ、変化してきたことにあるのではないかと考えた。まず、日本における葡萄文化の歴史をたどるため、奈良県薬師寺の薬師如来像台座に施された「葡萄唐草文様」に注目した。伊東史朗氏の研究から、この文様が西アジアを起源とし、中国などを経て日本の仏教美術に取り入れられたことを確認した。さらに、甲州ワインの故郷である山梨県勝沼にある大善寺では、葡萄を手にした薬師如来像が信仰の対象となっている。両寺を直接結びつける史料は確認できなかったが、葡萄と薬師如来の深い関係が甲州ワインの背景にはあるのではないかと考察した。また、『本朝食鑑』には葡萄について「酒毒を解す」「食欲を増す」などの記述があり、葡萄が食物だけでなく、身体への作用を持つものとして認識されていたことも分かった。次に、甲州種の遺伝的背景とワインの香りについて検討した。DNA解析からは、甲州はヨーロッパ系のビニフェラ種を主体としながら、東アジア系野生種に由来する遺伝的背景も持つことが明らかになっている。また、甲州ワインの柑橘香に関わる3MHについて研究を整理した。3MHの生成には成熟時期や栽培環境、醸造条件などが関係しており、甲州ワインの香りは品種だけで決まるのではなく、日本の風土に合わせた栽培・醸造によって引き出されていることが分かった。
以上から、甲州の固有性とは、外部からの影響を排除した純粋な日本性ではなく、外から伝わった文化・品種・技術を日本の風土の中で受け入れ、変化させ、独自の価値へと育ててきたことにあると考える。こうした「受け入れて変化させる」という過程そのものが、日本ワインの形成を考えるうえで重要な意味を持つのではないだろうか。本研究を通して、甲州ワインは日本の歴史、文化、醸造技術が重なり合う存在であり、その積み重ねが現在の日本ワインの個性を形づくっていることが確認できた。
以上から、甲州の固有性とは、外部からの影響を排除した純粋な日本性ではなく、外から伝わった文化・品種・技術を日本の風土の中で受け入れ、変化させ、独自の価値へと育ててきたことにあると考える。こうした「受け入れて変化させる」という過程そのものが、日本ワインの形成を考えるうえで重要な意味を持つのではないだろうか。本研究を通して、甲州ワインは日本の歴史、文化、醸造技術が重なり合う存在であり、その積み重ねが現在の日本ワインの個性を形づくっていることが確認できた。
いちごの魅力を掘り下げる
私は幼少期からいちごが好きであり、特に、ショートケーキの1番上に乗っているいちごは、可愛らしい見た目や大きな存在感と特別感があり、今でも大好物である。また、春にはいちご狩りなどのイベントがあったり、お祝い事にはショートケーキを食べる機会が多いと感じる。これらの事から、いちごは日本で親しまれている果物の一つであり、日本人の生活や感情に寄り添う特別な存在なのではないかと考えた。そこで、本研究では日本におけるいちごの食文化に注目し、いちごが日本人の生活や季節行事、文化的イメージとどのように結びついてきたのかを明らかにすることを目的する。
中間発表までには、日本発祥と言われているいちごのショートケーキの2つの発祥説について研究するために、店舗調査を行ったり、毎年横浜赤レンガ倉庫で開催されているいちごフェスティバルに参加するなど実地調査を行った。また、いちごの品種や歴史、海外のいちごのケーキとの比較も行った。これらの調査を通じ、日本独自のいちごのショートケーキ文化がどのように形成されたのかが分かり、日本人がいちごに対して抱く特別感を明らかにした。
現在は、いちごが日本でこれほど特別な存在になった背景について、さらに詳しく調査を行っている。まず、いちごには「かわいい」というイメージを持つ人が多いと考え、その文化的イメージの背景を調査した。その例としてサンリオを挙げ、企業がいちごを「かわいい」の象徴として扱ってきた歴史を追跡した。次に、日本人は赤と白の色彩の組み合わせをめでたいものとして捉え、特別な意味や愛着を持っているのではないかと考察し、研究を進めている。さらに、日本の歴史や技術の発展との関わりとして、日本で最初の冷凍食品がいちごの商品であったことも確認され、いちごが日本の食文化に深く根付いてきたことが分かった。
最終発表では、いちごが単なる果物にとどまらない「かわいい」の文化の定着や、さらには赤と白という日本独自の色彩感覚と深く結びつくことで、特別な存在として定着してきたことを示したい。いちごは現代においても、人々の生活や季節行事に深く根付き、気分を華やかにする重要な役割を果たしている。
中間発表までには、日本発祥と言われているいちごのショートケーキの2つの発祥説について研究するために、店舗調査を行ったり、毎年横浜赤レンガ倉庫で開催されているいちごフェスティバルに参加するなど実地調査を行った。また、いちごの品種や歴史、海外のいちごのケーキとの比較も行った。これらの調査を通じ、日本独自のいちごのショートケーキ文化がどのように形成されたのかが分かり、日本人がいちごに対して抱く特別感を明らかにした。
現在は、いちごが日本でこれほど特別な存在になった背景について、さらに詳しく調査を行っている。まず、いちごには「かわいい」というイメージを持つ人が多いと考え、その文化的イメージの背景を調査した。その例としてサンリオを挙げ、企業がいちごを「かわいい」の象徴として扱ってきた歴史を追跡した。次に、日本人は赤と白の色彩の組み合わせをめでたいものとして捉え、特別な意味や愛着を持っているのではないかと考察し、研究を進めている。さらに、日本の歴史や技術の発展との関わりとして、日本で最初の冷凍食品がいちごの商品であったことも確認され、いちごが日本の食文化に深く根付いてきたことが分かった。
最終発表では、いちごが単なる果物にとどまらない「かわいい」の文化の定着や、さらには赤と白という日本独自の色彩感覚と深く結びつくことで、特別な存在として定着してきたことを示したい。いちごは現代においても、人々の生活や季節行事に深く根付き、気分を華やかにする重要な役割を果たしている。
沖縄の食文化
私は、自身のルーツとも関わる沖縄を対象に、食文化とその背景にある歴史・文化について研究している。沖縄は、琉球王国時代の交易をはじめ、薩摩藩による支配、戦後の米国統治など、さまざまな文化の影響を受けながら独自の文化を形成してきた。そのため、現在も本土とは異なる食習慣や年中行事、芸能、信仰などが地域に根付いている。本研究では、沖縄の食文化を入り口として、そこに関わる文化や地域性にも視野を広げ、現代における沖縄文化の継承について考察する。
まず、沖縄の年中行事に着目し、旧暦と関わりの深い清明祭(シーミー)や旧盆を取り上げる。シーミーでは、親族が墓前に集まり、重箱料理(ウサンミ)などを供え、食事を共にする。また、旧盆においても祖先を迎え、供養するための料理が用意される。このように沖縄では、食が祖先供養や親族のつながりと結びつき、行事を支える重要な役割を担っている。一方で、生活様式の変化などにより、行事食を家庭で作るだけでなく購入するなど、そのあり方にも変化がみられる。さらに、旧盆に行われるエイサーに着目し、地域ごとの特徴や青年会による継承、県外で開催されるエイサー祭りについて調査する。エイサーは、祖先を供養する旧盆の行事と結びついた伝統芸能であり、地域の青年会を中心に受け継がれてきた。また、県外でもエイサー祭りが開催されていることから、沖縄にゆかりのある人々による文化の継承に加え、地域を越えて沖縄文化に触れる機会が生まれていることがわかる。また、沖縄そばの地域差や、御嶽(ウタキ)にまつわる文化・ 伝承についても取り上げる。沖縄そばは、地域によって麺や具材、味付けなどに違いがみられ、各地域の食文化や歴史を反映している。一方、御嶽は、沖縄において神聖な場所とされ、祈りや祭祀が行われてきた信仰の場である。自然の中に存在する御嶽や、地域に伝わる伝承は、人々の自然観や信仰、土地との結びつきを示している。こうした信仰や伝承は、年中行事や祖先を敬う文化とも関わっており、沖縄の食文化を理解するうえでも、その背景にある精神文化や地域の歴史に目を向けることが重要である。
本研究では、年中行事における食と祖先供養の関係を中心に、エイサーや沖縄そば、御嶽にまつわる文化を取り上げ、沖縄の伝統文化が地域の歴史や人々の暮らしとどのように結びつき、現代に受け継がれているのかについて考察する。
まず、沖縄の年中行事に着目し、旧暦と関わりの深い清明祭(シーミー)や旧盆を取り上げる。シーミーでは、親族が墓前に集まり、重箱料理(ウサンミ)などを供え、食事を共にする。また、旧盆においても祖先を迎え、供養するための料理が用意される。このように沖縄では、食が祖先供養や親族のつながりと結びつき、行事を支える重要な役割を担っている。一方で、生活様式の変化などにより、行事食を家庭で作るだけでなく購入するなど、そのあり方にも変化がみられる。さらに、旧盆に行われるエイサーに着目し、地域ごとの特徴や青年会による継承、県外で開催されるエイサー祭りについて調査する。エイサーは、祖先を供養する旧盆の行事と結びついた伝統芸能であり、地域の青年会を中心に受け継がれてきた。また、県外でもエイサー祭りが開催されていることから、沖縄にゆかりのある人々による文化の継承に加え、地域を越えて沖縄文化に触れる機会が生まれていることがわかる。また、沖縄そばの地域差や、御嶽(ウタキ)にまつわる文化・ 伝承についても取り上げる。沖縄そばは、地域によって麺や具材、味付けなどに違いがみられ、各地域の食文化や歴史を反映している。一方、御嶽は、沖縄において神聖な場所とされ、祈りや祭祀が行われてきた信仰の場である。自然の中に存在する御嶽や、地域に伝わる伝承は、人々の自然観や信仰、土地との結びつきを示している。こうした信仰や伝承は、年中行事や祖先を敬う文化とも関わっており、沖縄の食文化を理解するうえでも、その背景にある精神文化や地域の歴史に目を向けることが重要である。
本研究では、年中行事における食と祖先供養の関係を中心に、エイサーや沖縄そば、御嶽にまつわる文化を取り上げ、沖縄の伝統文化が地域の歴史や人々の暮らしとどのように結びつき、現代に受け継がれているのかについて考察する。
フランス料理のカトラリーとイメージと実際
フランス料理のコースでは、食事の前に複数のカトラリーがテーブルに並べられているというイメージを持つが多いのではないだろうか。私もその一人であった。しかし、大学2年次に参加したヨーロッパ料理研修で、フランスを訪問した際、現地のレストランでは料理ごとにカトラリーが提供されるスタイルを経験した。それはカジュアルな店舗だけでなく、格式の高いレストランでも同様であった。この経験から、カトラリーの提供方法にはひとつではないこと、どのような違いがあり、何を基準に使い分けられているのか興味を持ち、研究のテーマとした。
カトラリーは食事をするための道具であると同時に、レストランの雰囲気やサービスを構成する重要な要素の一つである。本研究では、提供方法の違いに着目し、その背景にある店舗の特徴やサービスの考え方について考察したい。
これまでの調査では、書籍や飲食店の情報サイトに掲載された写真などを用いて、高級レストランからリーズナブルなビストロまで、さまざまな店舗のカトラリーの提供事例を比較した。現在までの調査では、格式の高い店舗でもカトラリーの提供方法に違いが見られることから、店舗の格式や価格帯だけでなく、ほかに提供方法を左右する要因があるのではないかと考える。
また、文献調査から、提供方法には人手不足などの店舗運営上の事情も関係していることを知った。あらかじめカトラリーを並べることで、料理ごとの交換回数を減らし、スタッフの負担を軽減できる。このことから、店舗の規模やスタッフ数なども提供方法に影響しているのではないかと考えている。
さらに、従来のカトラリーを整然と並べるスタイルには、格式や豪華さを表現し、それによって客人をもてなす意味があったのではないだろうか。しかし、現代ではレストランの形態やサービスに対する価値観が多様化し、豪華さや特別感の表現方法も変化している可能性がある。
この研究を通して、カトラリーの提供方法の違いだけでなく、その背景にある店舗の考え方や時代による価値観の変化についても考えていきたい。また、一見すると些細な違いであっても、さまざまな要因が関係している可能性があることに目を向け、物事を一つの視点だけでなく、多角的に捉える力を身につけたい。
カトラリーは食事をするための道具であると同時に、レストランの雰囲気やサービスを構成する重要な要素の一つである。本研究では、提供方法の違いに着目し、その背景にある店舗の特徴やサービスの考え方について考察したい。
これまでの調査では、書籍や飲食店の情報サイトに掲載された写真などを用いて、高級レストランからリーズナブルなビストロまで、さまざまな店舗のカトラリーの提供事例を比較した。現在までの調査では、格式の高い店舗でもカトラリーの提供方法に違いが見られることから、店舗の格式や価格帯だけでなく、ほかに提供方法を左右する要因があるのではないかと考える。
また、文献調査から、提供方法には人手不足などの店舗運営上の事情も関係していることを知った。あらかじめカトラリーを並べることで、料理ごとの交換回数を減らし、スタッフの負担を軽減できる。このことから、店舗の規模やスタッフ数なども提供方法に影響しているのではないかと考えている。
さらに、従来のカトラリーを整然と並べるスタイルには、格式や豪華さを表現し、それによって客人をもてなす意味があったのではないだろうか。しかし、現代ではレストランの形態やサービスに対する価値観が多様化し、豪華さや特別感の表現方法も変化している可能性がある。
この研究を通して、カトラリーの提供方法の違いだけでなく、その背景にある店舗の考え方や時代による価値観の変化についても考えていきたい。また、一見すると些細な違いであっても、さまざまな要因が関係している可能性があることに目を向け、物事を一つの視点だけでなく、多角的に捉える力を身につけたい。
居酒屋の歴史的変遷と飲酒空間の比較
本研究では、日本における居酒屋の成立過程を整理し、現在の居酒屋と他の飲酒提供業態を比較することで、居酒屋の特徴を捉え、今後のあり方について考察することを目的とする。
中間発表では、江戸時代に居酒屋が成立するまでの過程に着目し、酒を提供するようになった酒屋や、酒と料理を提供していた煮売茶屋などについて調べ、居酒屋が成立する背景を整理した。
今回の発表では、この歴史的な背景を踏まえ、現在の居酒屋について、食事と酒の比重、客層や利用人数、利用目的、店員や利用客同士の交流などの点から調査する。また、他の飲酒提供業態についても同様の項目から調べ、比較することで、居酒屋に特徴的な要素を考える。さらに、辞書や辞典などにおける「居酒屋」の定義とも比較し、現在の実態を踏まえた自分なりの居酒屋の再定義をしたい。
これらの作業を通して、居酒屋は酒や料理を提供する飲食店であるだけでなく、食事や飲酒をしながら人と会話をしたり、気軽に時間を過ごしたりする場としての特徴を持つのではないかとの考えに至った。
さらに、近年の若者の飲酒離れや飲酒に対する価値観の変化を踏まえ、今後の居酒屋について考察する。今後は、お酒を飲むことだけを目的とした店ではなく、飲酒をしない人も利用しやすいよう、料理を充実させ、アルコールだけでなくノンアルコールを含めたドリンクの選択肢を増やすことが要請されるだろう。また、大人数での宴会利用だけでなく、2~4人程度で気軽に利用でき、店員や利用客同士の自然な会話が生まれるような空間も重要になると考える。このような居酒屋は、食事や飲酒をする場所にとどまらず、自宅や学校、職場とは異なる第三の居場所(サードプレイス)としての役割を発揮していくことになるだろう。
中間発表では、江戸時代に居酒屋が成立するまでの過程に着目し、酒を提供するようになった酒屋や、酒と料理を提供していた煮売茶屋などについて調べ、居酒屋が成立する背景を整理した。
今回の発表では、この歴史的な背景を踏まえ、現在の居酒屋について、食事と酒の比重、客層や利用人数、利用目的、店員や利用客同士の交流などの点から調査する。また、他の飲酒提供業態についても同様の項目から調べ、比較することで、居酒屋に特徴的な要素を考える。さらに、辞書や辞典などにおける「居酒屋」の定義とも比較し、現在の実態を踏まえた自分なりの居酒屋の再定義をしたい。
これらの作業を通して、居酒屋は酒や料理を提供する飲食店であるだけでなく、食事や飲酒をしながら人と会話をしたり、気軽に時間を過ごしたりする場としての特徴を持つのではないかとの考えに至った。
さらに、近年の若者の飲酒離れや飲酒に対する価値観の変化を踏まえ、今後の居酒屋について考察する。今後は、お酒を飲むことだけを目的とした店ではなく、飲酒をしない人も利用しやすいよう、料理を充実させ、アルコールだけでなくノンアルコールを含めたドリンクの選択肢を増やすことが要請されるだろう。また、大人数での宴会利用だけでなく、2~4人程度で気軽に利用でき、店員や利用客同士の自然な会話が生まれるような空間も重要になると考える。このような居酒屋は、食事や飲酒をする場所にとどまらず、自宅や学校、職場とは異なる第三の居場所(サードプレイス)としての役割を発揮していくことになるだろう。
日本における皇室と食文化
皆さんは皇室について、どの程度ご存知でしょうか。現在の皇室は国民にとって身近な存在とは言えないかもしれませんが、国の代表として多くの公務をこなしておられます。その公務の多くは宮中晩餐会など飲食を伴うものであり、私たちと無関係ではありません。そこで、皇室に興味を持った私は、食文化の視点から皇室の活動と日常に焦点を当てて、皇室の理解を深めたいと思い、この研究を行っています。
明治になって開国し、西洋化を進めた日本では、天皇・皇室は諸外国との外交において重要な役目を果たしてきました。以来、現在まで皇室外交は、天皇皇后両陛下をはじめ、敬宮愛子内親王殿下を中心とした若き皇族殿下方による様々な国際親善が行われています。中でも皇室が催す宮中晩餐会は、最も重要な場面の一つです。中間発表では、その晩餐会で提供されてきたメニューなどを紹介しました。また、天皇・皇后が主催して赤坂御用地で国会議員や著名人、約2,000人を招待する春秋の園遊会などや、こうした特別な機会のみならず、皇族の方々の日常の食材を生産する御料牧場についても、お示ししました。
中間発表以降は、約150人を招き着座して正餐が提供される宮中晩餐会と、2,000人規模を招いて和洋折衷の立食形式で提供される園遊会との比較をおこないました。晩餐会・園遊会以外にも皇室が関わる飲食の機会は多岐におよび、皇室の方々のご即位、立太子、ご結婚の際の儀式や、文化勲章受章者・文化功労者などを招く小規模な「茶会」などもあります。また、宮中の年中行事、季節の料理などについて資料を集めています。こうした機会の食や、皇族の食文化に関する資料を集め、みなさんにご報告したいと思っています。
明治になって開国し、西洋化を進めた日本では、天皇・皇室は諸外国との外交において重要な役目を果たしてきました。以来、現在まで皇室外交は、天皇皇后両陛下をはじめ、敬宮愛子内親王殿下を中心とした若き皇族殿下方による様々な国際親善が行われています。中でも皇室が催す宮中晩餐会は、最も重要な場面の一つです。中間発表では、その晩餐会で提供されてきたメニューなどを紹介しました。また、天皇・皇后が主催して赤坂御用地で国会議員や著名人、約2,000人を招待する春秋の園遊会などや、こうした特別な機会のみならず、皇族の方々の日常の食材を生産する御料牧場についても、お示ししました。
中間発表以降は、約150人を招き着座して正餐が提供される宮中晩餐会と、2,000人規模を招いて和洋折衷の立食形式で提供される園遊会との比較をおこないました。晩餐会・園遊会以外にも皇室が関わる飲食の機会は多岐におよび、皇室の方々のご即位、立太子、ご結婚の際の儀式や、文化勲章受章者・文化功労者などを招く小規模な「茶会」などもあります。また、宮中の年中行事、季節の料理などについて資料を集めています。こうした機会の食や、皇族の食文化に関する資料を集め、みなさんにご報告したいと思っています。
“かわいい”は誰が決めるのか
〜現代社会におけるルッキズム〜
私は、おしゃれや自分磨きが好きだ。「可愛くなりたい」という気持ちから、自分に似合う服やメイクを考えることは楽しい。しかし、その気持ちは楽しさだけでは説明できない。自分の体型や容姿を気にするうちに、可愛くなりたいと思うことが苦しくなるときもある。痩せればもっと自分を好きになれると思っていたのに、痩せても満足できず、太ったと感じれば落ち込んでしまう。以前の自分と比べて「前の方が可愛かった」と思うこともある。その繰り返しの中で、私はふと「一体どこを目指しているのだろう」と思うようになった。
SNSでは、他人の容姿や体型が自然と目に入る。「痩せている方が可愛い」「細い方が綺麗」など、外見についての様々な価値観に触れ、私自身も憧れたり、自分と比べたりする。しかし、その姿を可愛いと感じるのは、本当に自分の好みなのだろうか。可愛いとされる人たちの投稿を何度も目にするうちに、それが自分の基準になっているのだろうか。
私にとって「可愛くなりたい」という気持ちは、自分をより好きになるためのものでもある。けれど、いつの間にか「こうならなければいけない」と思い、自分磨きが楽しさよりも義務感に変わることがある。自分のためにしているはずなのに、周囲からどう見られるかが気になってしまう。私がなりたいのは、自分が可愛いと思える姿なのか、誰かから可愛いと言ってもらえる姿なのか、自分でも分からなくなる。
外見によって人を評価するルッキズムと、「可愛くなりたい」という気持ちは、どのようにつながっているのだろうか。外見を気にすることには、自分の好きな姿を目指す楽しさがある一方で、社会や周囲の基準に合わせようとして苦しくなることもある。私自身の経験を振り返ると、その二つをはっきり分けることは難しい。
そこで本研究では、自分自身の経験を出発点として、時代ごとの美の基準や、SNS・メディアで発信される外見のイメージを資料をもとに考えていきたい。理想とされる姿が時代によってどう変わり、人々の意識や行動にどのような影響を与えているのかを調べ、社会がつくる「可愛い」と、一人ひとりが感じる「可愛い」の関わりを探りたい。 「可愛い」は誰が決めるのか。私が思う「可愛い」は、これまで見てきたものや、誰かに言われた言葉と、どのようにつながっているのだろうか。答えをすぐに決めるのではなく、私自身の「可愛くなりたい」という気持ちについても、改めて考えていきたい。
SNSでは、他人の容姿や体型が自然と目に入る。「痩せている方が可愛い」「細い方が綺麗」など、外見についての様々な価値観に触れ、私自身も憧れたり、自分と比べたりする。しかし、その姿を可愛いと感じるのは、本当に自分の好みなのだろうか。可愛いとされる人たちの投稿を何度も目にするうちに、それが自分の基準になっているのだろうか。
私にとって「可愛くなりたい」という気持ちは、自分をより好きになるためのものでもある。けれど、いつの間にか「こうならなければいけない」と思い、自分磨きが楽しさよりも義務感に変わることがある。自分のためにしているはずなのに、周囲からどう見られるかが気になってしまう。私がなりたいのは、自分が可愛いと思える姿なのか、誰かから可愛いと言ってもらえる姿なのか、自分でも分からなくなる。
外見によって人を評価するルッキズムと、「可愛くなりたい」という気持ちは、どのようにつながっているのだろうか。外見を気にすることには、自分の好きな姿を目指す楽しさがある一方で、社会や周囲の基準に合わせようとして苦しくなることもある。私自身の経験を振り返ると、その二つをはっきり分けることは難しい。
そこで本研究では、自分自身の経験を出発点として、時代ごとの美の基準や、SNS・メディアで発信される外見のイメージを資料をもとに考えていきたい。理想とされる姿が時代によってどう変わり、人々の意識や行動にどのような影響を与えているのかを調べ、社会がつくる「可愛い」と、一人ひとりが感じる「可愛い」の関わりを探りたい。 「可愛い」は誰が決めるのか。私が思う「可愛い」は、これまで見てきたものや、誰かに言われた言葉と、どのようにつながっているのだろうか。答えをすぐに決めるのではなく、私自身の「可愛くなりたい」という気持ちについても、改めて考えていきたい。
ご当地菓子パンの探求
全国には、その地域で親しまれているご当地パンが存在し、全国各地のご当地パンを紹介した書籍も出版されています。このような書籍を読んだことをきっかけに、地域で親しまれているパンに興味を持ちました。書籍では、埼玉県のパンの紹介は2種類のみで、首都圏の他の都県と比較すると、少なく感じました。ご当地パンの中でも菓子パンに着目し、埼玉県にも地域で親しまれている菓子パンが他にも存在するのではないかと考えました。これをきっかけに、埼玉県内のご当地菓子パンについて調査を始め、その特徴や魅力を明らかにすることを目的としました。
本研究では、「ご当地」を「その土地特有の、またはその地域独特の」という意味で使用し、「菓子パン」をあんやクリーム、ジャム、チョコレートなどを用いたパンとし、地域で親しまれている菓子パンを調査対象としています。
中間発表では、埼玉県のご当地菓子パンの一例として、「春日部プリンパン」を取り上げました。春日部プリンパンは、パンとプリンを組み合わせた商品であり、発祥とされる店舗が閉店した後も、複数の店舗でそれぞれ異なる形状や特徴を持って販売されています。発表では、現在販売されている4店舗の商品を調査し、使用されているパンの種類や形状、味を比較しました。その結果、プリンのかたさや甘さには共通点が見つかりました。一方で、パンの種類や商品の形状には違いがあり、店舗ごとに異なる特徴を持つことがわかりました。また、発祥とされる店舗の商品を再現したいという思いから販売に至ったという事例も確認できました。
最終発表では、春日部プリンパンの調査を踏まえ、埼玉県内のご当地菓子パンについてさらに調査し、それぞれの特徴や魅力を報告します。また、各地のご当地パンにも目を向け、ご当地菓子パンについて理解を深めることを目指します。
本研究では、「ご当地」を「その土地特有の、またはその地域独特の」という意味で使用し、「菓子パン」をあんやクリーム、ジャム、チョコレートなどを用いたパンとし、地域で親しまれている菓子パンを調査対象としています。
中間発表では、埼玉県のご当地菓子パンの一例として、「春日部プリンパン」を取り上げました。春日部プリンパンは、パンとプリンを組み合わせた商品であり、発祥とされる店舗が閉店した後も、複数の店舗でそれぞれ異なる形状や特徴を持って販売されています。発表では、現在販売されている4店舗の商品を調査し、使用されているパンの種類や形状、味を比較しました。その結果、プリンのかたさや甘さには共通点が見つかりました。一方で、パンの種類や商品の形状には違いがあり、店舗ごとに異なる特徴を持つことがわかりました。また、発祥とされる店舗の商品を再現したいという思いから販売に至ったという事例も確認できました。
最終発表では、春日部プリンパンの調査を踏まえ、埼玉県内のご当地菓子パンについてさらに調査し、それぞれの特徴や魅力を報告します。また、各地のご当地パンにも目を向け、ご当地菓子パンについて理解を深めることを目指します。
おにぎりの魅力に迫る
昔から現代へと続く価値
本研究は、日本人に身近な「おにぎり」が、なぜ長い間人々に親しまれ続けているのかを明らかにし、その魅力を食文化の視点から考察することを目的とする。おにぎりは古くから携帯食や保存食として食べられてきた一方、現在では家庭やコンビニだけでなく、おにぎり専門店やカフェなどでも提供され、その形や具材、価格帯も多様化している。
研究ではまず、おにぎりの歴史を調査し、地域別の呼称や形、具の変化、心理的価値について整理した。その結果、おにぎりは時代ごとの生活様式や食文化に合わせて変化しながら、手軽に食べられるという基本的な特徴を保ち続けていることが分かった。また、具の多様性や持ち運びやすさ、米を主食とする日本人の食生活との結び付きなどから、機能性の高さも魅力の一つであると考えた。
さらに、おにぎり専門店への現地調査を行い、実際の商品や店内の様子、販売方法などを観察した。老舗・専門店では、手作り感や温かさ、米や具材へのこだわりが重視されている一方、現代的なおにぎりでは、具材の組み合わせや見た目、SNS映えなど、新しい価値が加わっていることが分かった。また、海外のおにぎりについても文献や事例を調査し、日本独自の食文化であるおにぎりが、国や地域に合わせて形や具材を変えながら広がっていることを考察した。
以上の調査から、おにぎりの魅力は「手軽に食べられる」という機能性だけではなく、家庭の味や母の味、思い出など、人の記憶や感情と結び付いている点にもあると考えた。さらに、時代や地域に合わせて新しい形を取り入れながらも、日本の米食文化や人とのつながりを感じられる点が、長く支持されてきた理由であると考察した。 本研究を通して、おにぎりは単なる食べ物ではなく、時代や人々の生活に合わせて変化しながら受け継がれてきた日本の食文化であることがわかった。おにぎりは人々にとって身近な存在であり、これからも形を変えながら受け継がれていく食文化の一つであることを確認した。
研究ではまず、おにぎりの歴史を調査し、地域別の呼称や形、具の変化、心理的価値について整理した。その結果、おにぎりは時代ごとの生活様式や食文化に合わせて変化しながら、手軽に食べられるという基本的な特徴を保ち続けていることが分かった。また、具の多様性や持ち運びやすさ、米を主食とする日本人の食生活との結び付きなどから、機能性の高さも魅力の一つであると考えた。
さらに、おにぎり専門店への現地調査を行い、実際の商品や店内の様子、販売方法などを観察した。老舗・専門店では、手作り感や温かさ、米や具材へのこだわりが重視されている一方、現代的なおにぎりでは、具材の組み合わせや見た目、SNS映えなど、新しい価値が加わっていることが分かった。また、海外のおにぎりについても文献や事例を調査し、日本独自の食文化であるおにぎりが、国や地域に合わせて形や具材を変えながら広がっていることを考察した。
以上の調査から、おにぎりの魅力は「手軽に食べられる」という機能性だけではなく、家庭の味や母の味、思い出など、人の記憶や感情と結び付いている点にもあると考えた。さらに、時代や地域に合わせて新しい形を取り入れながらも、日本の米食文化や人とのつながりを感じられる点が、長く支持されてきた理由であると考察した。 本研究を通して、おにぎりは単なる食べ物ではなく、時代や人々の生活に合わせて変化しながら受け継がれてきた日本の食文化であることがわかった。おにぎりは人々にとって身近な存在であり、これからも形を変えながら受け継がれていく食文化の一つであることを確認した。
抹茶のゆくえ
本来の抹茶を継承し続けるために出来ることは何か?
現在、抹茶は世界的なブームを迎え、需要が急増している。しかしその裏では、茶業業界に混乱をもたらし、茶道文化の主役として発展・継承されてきた抹茶そのものを味わう文化が継承の危機に直面している。抹茶と聞くと多くの人が抹茶ラテや抹茶スイーツを連想するだろう。しかし、これらは砂糖の甘味や乳製品のコクなどが加わり、加工の過程で特有の覆い香も飛んでしまう。そのため、点てて飲む抹茶そのものの味わいを味わっているとは言い難い。また、抹茶を取り巻く状況にも課題がある。日本茶業中央会でいう抹茶とは「碾茶(覆下栽培した茶葉を碾茶炉等で揉まずに乾燥したもの)を茶臼等で微粉末状に製造したもの」と定義し、覆いをせずに栽培した秋碾茶、モガ茶等の原料茶葉は食品加工用原料に用いるとしている。しかし、消費者に販売される段階では食品加工用という言葉が取れ、点てて飲む抹茶と食品加工用抹茶が区別なく「抹茶」として提供されるので、一般的な消費者は同一のものとして認識されている。さらに、碾茶を原料としていても品質面で点てて飲む用途に適さない抹茶も存在する。たとえば、鹿児島県は2020年度以降碾茶生産量全国一位を誇っているが、現場の茶業者によれば、生産される碾茶の大半は点てて飲む用途には適さず、主に食品加工用抹茶に用いられるという。このように、食品加工用の生産割合が高まる中、抹茶そのものを味わう文化だけでなく、それを支えてきた高品質な碾茶を生産する技術までもが消失の可能性を見せ始めている。
そこで本研究は「本来の抹茶や抹茶文化を継承し続けるために出来ることは何か」を模索することを目的としている。そして、この一年半で考えた答えが食品加工用抹茶に負けない抹茶文化の再考だ。点てて飲む抹茶は従来、礼法としての茶道において嗜むものであり、日常生活とは縁遠い存在だと言える。抹茶ブームによってその非日常性に拍車が掛かる中、私は茶道文化から抹茶を味わう行為そのものを切り出し、日常生活で本来の味を楽しむ抹茶文化の在り方を提言したい。つまり、コーヒーや紅茶、煎茶などと同じように、点てた抹茶が日常の飲料の選択肢にある状況を導きたいということだ。
その手がかりとして注目しているのが、島根県松江市に根付く、不昧流という抹茶文化だ。松平不昧公によって確立され、現在まで脈々と受け継がれてきたこの文化は、日常生活の中で点てた抹茶を味わう習慣が広く浸透している。最終発表では、この不昧流に関する調査結果を中心に報告し、抹茶そのものを味わう文化の保存と普及に繋げたい。
そこで本研究は「本来の抹茶や抹茶文化を継承し続けるために出来ることは何か」を模索することを目的としている。そして、この一年半で考えた答えが食品加工用抹茶に負けない抹茶文化の再考だ。点てて飲む抹茶は従来、礼法としての茶道において嗜むものであり、日常生活とは縁遠い存在だと言える。抹茶ブームによってその非日常性に拍車が掛かる中、私は茶道文化から抹茶を味わう行為そのものを切り出し、日常生活で本来の味を楽しむ抹茶文化の在り方を提言したい。つまり、コーヒーや紅茶、煎茶などと同じように、点てた抹茶が日常の飲料の選択肢にある状況を導きたいということだ。
その手がかりとして注目しているのが、島根県松江市に根付く、不昧流という抹茶文化だ。松平不昧公によって確立され、現在まで脈々と受け継がれてきたこの文化は、日常生活の中で点てた抹茶を味わう習慣が広く浸透している。最終発表では、この不昧流に関する調査結果を中心に報告し、抹茶そのものを味わう文化の保存と普及に繋げたい。