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先生の本棚・第1回

『家事労働ハラスメント-生きづらさの根にあるもの-』

「家事」と「職業」の融合

2014.09.29 連載コラム
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 先日、筆者は、バスステップで転んだお年寄りを乗客たちが助け起こした場面に出遭った。日常よくあること。 人々は「何か役に立つことをした」のであるが、そこに金銭の受け渡しはなかったから、無償の行為ということになる。 経済活動の表に数字としては出てこない活動である。しかし周囲にちょっと注意を払うと、このような無償の活動が 大事なところで繰り広げられていて、人々の日々の生活を支えていることに気づく。

 無償の活動が凝縮している場所は、何といっても家庭であろう。わが家も、いちいちの場面で経済対価を算定するには、 その活動はあまりにも複雑多岐に渡っている。 これを「家事」とするか、「家事労働」とするかで、同じ日々の営みでも、見方がガラリと変わる。 しかし、女性の社会進出とともに、「専業主婦」がしだいに姿を消して、家庭内の活動のアウトソース化(社会化)が進んできた。 例えば、訪問ヘルパーのような形で、「専業主婦」の仕事には、応分の対価が支払われる世の中になってきている。 無償の 「家事」が、有償の「家事労働」に転換するには、文明史的な大きな背景があるのだろうが、 「家事」のすべてが有償行為に還元されるとは筆者にはとうてい思えない。

 標題は、そんなことを考えていた折に、手にした本であり、正直、目から鱗が落ちる思いがした。 一頃、喧伝された「子育てや介護に社会が責任をもつ」という考えに、ことさら異を唱えるつもりはないが、 それなら家庭は責任を果さなくても良いのか、となりかねない。 「これらに金がかかるから、公的に支援する」(有償化)というだけで済むのか、との悩ましい問題が残る。 「女性が働きやすい社会」に関する著作は少なくないが、本書は、それらとは趣を異にする。著者の立場は、 女性が主に担ってきた「家事」の社会(行政)や男性への負担転嫁(負担の平等化)を主張するものではない。 子育てや介護など、日々の必須の営みである「家事」を、経済社会の仕組みの中にきちんと位置づけるべきだとの主張である。 あらゆる職場において、「家事」を抱えて生きざるを得ない人間(男女を問わず)を直視した、経済社会の「設計変更」をせよ、との叫びでもある。

 このことは、「家事」と「職業」との対立的固定観念から脱却し、いわば「心おきなく家事をし、また仕事もできる」という両者の融合を目指した主張とも言える。 著者は、朝日新聞経済部記者としての取材体験だけでなく、自身も、母親(シングルマザー)として、 「家事」と「仕事」の狭間で格闘してきた実体験に根ざした主張を展開している。 ここには、現代社会を生きる人々(女性に限らず)にとっての「根源的な問題」が浮き彫りにされている。


女子栄養大学教授 副学長 五明紀春


『家事労働ハラスメント-生きづらさの根にあるもの-』
竹信三恵子 著
岩波新書(2013/10/18)