分子栄養学による新型肺炎感染爆発の出口戦略

分子栄養学による新型肺炎感染爆発の出口戦略 

栄養科学研究所所長 香川靖雄 

 

 今回の新型コロナウイルス(COVID-19)による感染爆発は世界に未曾有の損害を与えています。2020年5月22日現在1万6518人の感染者が報告されていますが、今後もし第二波、第三波の感染が発生し、数千人規模の感染者が報告される度に今の政府が推奨している8割の接触制限を続けると経済が破綻します。これを接触自由にして解決する鍵は、栄養学の基盤である分子生物学に基づく出口戦略にあります。感染爆発で明らかになった事は、重症者の殆どが糖尿病や肥満などの生活習慣病や基礎疾患、フレイル(加齢に伴う機能低下により心身が脆弱になった状態)などの栄養障害を持っていたため感染防御能の分子機構が低下していた事です。前回は新型肺炎予防栄養学を述べましたが、今回は感染部位の解明と全自動ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)分析装置に限って、検査数増加と隔離による自由接触の出口戦略について述べます。

 

感染経路の要:口腔上皮の確定

 最近まで新型コロナウイルスは肺で増殖し上気道に広がると考えられてきました。そのため、鼻咽頭まで綿棒を挿入する危険で時間、場所を要する検体採取法を実施したことで検査数が限られていました。しかし、ウイルス表面のスパイクが舌や唾液腺の細胞表面のアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合して、その中で繁殖する事が判明して(図1)(1)唾液に多量のウイルスが出ることが確認されたため、今後は安全な自己唾液採取に移行することが可能となりました。唾液中にウイルスが多く含まれるため、会食はその飛沫によって感染しやすくなります。特に欧米人ではPやTの発音で飛沫が大変多くなります。口腔感染者の味覚が失われ栄養障害が起こる事もあります。ACE2は全身の臓器に分布しますが(図2右)、感染源の舌にも多く、未完成ウイルスの蛋白質を切断して活性化するフーリン(酵素)も舌に多く存在します(図2左)。

図1

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 (図は全てクリックすると大きくなります。)

図2

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 多くの細胞の中で上皮細胞に限ってACE2があることは2万余個の個々細胞のscRNA-seq解析という方法で判りました(2)。この解析方法では、細胞に特定の機能を担わせる蛋白質を作る伝令RNAを細胞1個毎のRNA(scRNA=single cell RNA)から逆転写PCR法で増幅します。これら1個毎の細胞中の細胞種類に特徴的なマーカー27種の伝令RNAの発現量を計り、似た発現プロファイル順に並べたヒートマップを作ります(図3)。細い縦の線は、個々の細胞のマーカー(左側の略号)の量を黄色(大)から黒色(中)赤色(少)で示しています(2)。個々の細胞は27種のマーカーの量によって27次元の空間に並びますが、主成分分析によるUMAP法で2次元に圧縮すると平面上に7種の細胞群に分類できます(図4)。その結果、上皮細胞にACE2が93.3%も集中していました(2)。血栓を生じるのも血管内皮のACE2を通してウイルスが内皮を破壊するためであることが判明し、その後の治療に血栓を防ぐヘパリンなどが使われるようになりました。

図3

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図4

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PCR検査を4倍にして隔離すれば自由な活動が可能

 日本では諸外国に比べてウイルス検出用PCR検査の頻度が数十分の1と少なく、また検査も手作業で遅く、検出感度も悪いため、検査が受けられないまま亡くなる方もおられました。私は女子栄養大学と東京農工大学、そしてPSS社共同で磁気ビーズによる核酸精製から始まる全自動遺伝子解析装置を開発し(3)、その後10年間にわたる女子栄養大学の栄養クリニックや埼玉県坂戸市と共同で実施している「さかど葉酸プロジェクト」からの血液試料の提供と院生ら素人による人為的操作ミスに対する検討から全自動PCR検査装置geneLEAD VIIIが開発された(図5)ことを知る経験から、感染者隔離に必要なPCR検査数改善を日本医師会に早期から勧めました。この装置は僅か5個(5コピー)のウイルスのDNAからでも検出できる威力を発揮し(現在の標準は100コピー)、主に欧州で500台も活躍して多数が救われたためにフランス大使から感謝状を頂きました。さらに僅か15分で大体の感染が判る抗原検査は即時スクリーニングに使えますが、結果が不正確なため後からPCR検査での確認が必要となります。

 

図5

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 もしもPCR検査を今の4倍に増やすことができ、感染者を隔離することが出来れば、皆が接触制限なしに経済活動しても僅か8日で感染者は10分の1になると試算されています(図6)(4)。これは九州大学の小田垣孝教授(物理学)による試算で、国が予防施策の根拠としているSIRモデルを改良したものです。SIRモデルは、まだ感染していない人(S)、感染者(I)、治癒あるいは死亡した人(R)の数の推移を示す数式です。このモデルの難点は、感染者を他人にウイルスを感染させる存在として一律に扱っている点です。小田垣教授の改良SIRモデルでは、この感染者を無症状や軽症のためPCR検査を受けずに通常の生活を続けている市中感染者と、PCR検査で陽性と判定後に症状の有無に関わらず直ぐに隔離した隔離感染者の二つに分け、前者は周囲に感染させるが、後者は感染させないと仮定しました。そうすると、PRC検査の実施件数が増えるほど隔離感染者が増えるため、感染が抑えられると考えられます。接触機会削減と検査・隔離の拡充という二つの対策によって新規感染者数が10分の1に減るのにかかる日数は、検査数を現状に据え置いたまま接触機会を8割削減すると23日ですが(図6の曲線1)、検査数が4倍増なら接触機会をまったく削減しなくても8日で達成する(図6の曲線3)と推測され(4)、検査数が倍増するなら接触機会が5割減でも14日で済むと推測されます(図6の曲線4)。

 

図6

図6

 

経済活動を著しく阻害する接触機会削減より鋭敏な検査・隔離の拡充の方が国民の活動が維持できるのです。そこで日本医師会に私案を提案したところ(図7)、日本医師会も唾液法とこの機器の検討を始めました。無症状の段階でも感染者は飛沫感染を引き起こす確率がかなり高いため、隔離施設の充実と陽性者の追跡システムの整備も必要です。とにかく今後も新型コロナウイルスによって社会が大きな損失を被るのを避ける出口戦略が必要です。

 国による出口戦略に対する検討が求められている現在、世界中でワクチンと新薬の開発も進んでいます。しかし同じ1本鎖RNAウイルスのインフルエンザはワクチンも新薬も揃っていながら毎年千万人が罹患し、関連死を含めると主に栄養障害を持つ高齢者が1万人も亡くなっています。そのため、新型コロナウイルスから身を守るためには、まず私たち一人ひとりがしっかりと飛沫感染に対する防御対策を行うとともに、適切な食事による栄養状態と適度な運動による感染防御能の向上と維持を心がけることが大切となります。

 

 

図7

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参考文献

1) Xu R et al.: Saliva: potential diagnostic value and transmission of 2019-nCoV. Int J Oral Sci. 12: 11 (2020)

2) Xu H et al. High expression of ACE2 receptor of 2019-nCoV on the epithelial cells of oral mucosa. Int J. Oral. Sci. 12, 8 (2020).

3) Kagawa Y et al.: Automated single nucleotide polymorphism typing using bead array in capillary tube. J. Biosci. Bioeng. 110 (4), 505-508, 2010

4) 小田垣孝.新型コロナウイルスの蔓延に関する一考察.物性研究・電子版:8(2):1-10 (2020)