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“これから栄養学の時代がかならずくる”との思いで栄養改善と学園づくりに取り組んだ

創立者香川綾の生涯

本学園の創立者香川綾は、医師であり、病気のない社会をつくることを自分たちの目指す栄養学の目的とし、その生涯をかけて栄養学に取り組みました。
“これから栄養学の時代がかならずくる”という思いで歩み続けた綾の98年の生涯は、人生の最後まで栄養学の実践にこだわり、毎日毎日をみんなの健康のために努力し、自らの健康に感謝して働き続けた、地道ながら見事な生涯でした。
綾の生涯は、脚気が蔓延する時代、医師として胚芽米の研究とその普及に力を注ぎ、仕事と育児を両立させ、1日1日を大切に歩み続けた「綾自身の実践と学びの歩み」であり、みんなの健康のために、誰がつくってもおいしい味に仕上がるよう考案した計量カップやスプーン、誰もが実践できる食事法として試行錯誤を続けた四群点数法の開発など「栄養改善の歩み」でもありました。
綾は、計量化による味付けを食生活に根づかせたいと考え、計量カップと計量スプーンの開発に取り組みました。計量カップや計量スプーンを使えば、初めての料理でも、材料が少量でも大量でも、失敗せず、おいしい味になります。また、何度作っても、誰が作ってもおいしい味に仕上げることができます。
綾が栄養学の魅力に魅せられたのは、脚気に苦しむ人たちが胚芽米を取り入れた給食で回復していく姿を通して、その効果に驚きと感激を覚えたから。胚芽精米は、現在もなお、日本人にとって、毎日の食事で健康を支える、魅力あふれる主食です。主食を胚芽精米にすれば、ビタミンB1や食物繊維など、不足しがちな栄養素がとれ、栄養バランスが整いやすくなります。
綾は、栄養学を一生の仕事にするなかで、栄養学は、学問の進歩とともに、その時代の食生活や環境にあわせて、実行されやすい形にするのが大切であり、生活の中でいかされてこそ、私たちの生命を支えると考えていました。そこで、健康のために実践しやすい「食事法」を編み出し、広く多くの人たちに利用してもらえるよう、提案し続けました。自らも食事日記をつけて実践し、1968年に「香川式食事法」として発表したものが、 その後の検証を経て、1973年に、現在の「四群点数法」になりました。
本学は、「今こそ、栄養学の時代」を実感できる社会の実現に向けて、建学の精神である「食により人間の健康の維持・改善を図る」ために教育と研究に取り組み、様々な形で社会貢献ができる学園であり続けることを目指していきます。

創立者「香川綾物語」

 生い立ち、結婚、夫との死別、その悲しみを乗り越え、夢であった大学を設立するまでの、波乱に満ちた綾先生の生涯を振り返ります。

まんが 香川綾物語