令和5年度 食文化栄養学実習

向後千里ゼミ■特任教授


食具が料理に及ぼす影響
食文化の継承と活用の視点から

   現在の日本には戦前に比べ、溢れかえる食の選択肢があります。今日食べるものに困る事はなく、飢えずに満足のいく食事が摂れることを食生活の豊かさと言えるのか、疑問を感じています。
   今年、山梨県富士吉田市上吉田にて、富士山御師まちの食環境ワークショップに参加しまし、御師まちに根付いた御師料理という食文化を学修しました。食文化を理解するには歴史や食材はもちろんのこと、「生活、信仰」の観点から食環境や食具は始まり、それが食文化の本質だと思いました。築400年以上の御師の家が並ぶ御師まちはかつて富士山を信仰の対象とし、富士登山のために町を訪れる富士講と呼ばれる団体の宿泊の世話から登山のサポート、祈祷などを行った人々です。その御師の住む住居兼宿泊施設は、日本の伝統的な軸組構造の木造家屋で、この古民家を御師の家と呼んでいます。御師の家で振る舞われた御師料理の再現をワークショップで行いましたが、「食の再現」には食材、調理法に加え、空間や食具も食事を構成する要素として重要でした。特に今回新たに準備した食具が完成した際に御師の人々の御師料理再現への士気を高めたことを肌で感じる事ができ、「食の豊かさ」とは、食の選択肢が溢れかえっていて豊富なこととは限らないのではないかと考えました。多角的な観点から食をみると、空間、献立、食材そのもの質のよさに加え、食具など多くの要素があることがわかります。
   私の出身地である岐阜県の土岐市は、美濃焼の産地として発展し、多くの焼き物が現在も生まれています。しかし、陶磁器業界は1980年代と比べると工房や関連業態も失われ衰退してきています。現在、外食産業の発達などにより家族のコミュニケーションの場が外部に変化したことで、内食で食具を重視するのは難しい状況をつくっていることが推測される一方で、住宅環境が良くなり、家庭での食事をSNSなどに発信するといった需要があり、それにも関わらず、80年代と比べ需要量が減少しているのは、人口減に加え、市場に多く供給されている陶磁器と購入される陶磁器とに乖離があるからではないかと考え、食の観点から陶磁器業界に向けて私にできることはこの乖離している部分を分析し「豊かな食生活」を目指すための新たな軸を模索し、実践することだと考え取り組みました。