| 明治11年 | 1878 | 内務省、「府立脚気病院」(東京)を設立。脚気病調査を始める |
| 37〜8年 | 1904-05 | 日露戦争での陸軍の戦死者48000人、うち脚気病死者28000人 |
| 大正12年 | 1923 | 全国脚気病死者27000人、人口10万人に対して死亡者46人 |
| 13年 | 1924 | 島薗教授「胚芽米常用」を提唱 |
| 昭和2年 | 1927 | 胚芽米市販開始、胚芽米を病院食(東京帝大)に採用、陸軍兵食に採用 |
| 3年 | 1928 | 食糧問題調査会「主食改善案(島薗教授)」決定答申、胚芽米全国普及の端緒 |
| 5年 | 1930 | 「主食改善論争」胚芽米(島薗教授)対七分つき米(佐伯矩博士) |
| 7年 | 1932 | 脚気病はビタミンB1欠乏によることを臨床試験で証明(島薗教授) |
| 8年 | 1933 | 「家庭食養研究会」(香川昇三・綾)発足、栄養・料理の知識普及に努める |
| 10年 | 1935 | 陸軍兵食に一日胚芽米600gを取り入れることを定める |
| 14年 | 1939 | 米穀配給統制法公布 |
| 17年 | 1942 | 食糧管理法公布 |
| 20年 | 1945 | 天皇「終戦の詔勅」放送、終戦 |
| 44年 | 1969 | 自主流通米制度発足 |
| 49年 | 1974 | 神経学会「若年性多発性神経炎」を数例報告。後、脚気病とわかる |
| 51年 | 1976 | 厚生省全国調査報告「最近の脚気について」。豊かな時代の脚気病に警鐘 |
| 52年 | 1977 | 食糧庁「胚芽精米実施要領」制定 |
| 53年 | 1978 | 「胚芽精米普及協議会」設立(会長朝日創、名誉会長香川綾)。業界中央4団体による。(全国食糧事業協同組合連合会、全米商連協同組合、(社)日本精米工業会、(財)全国米穀配給協)参会) |
| 平成5年 | 1993 | 米の大凶作。胚芽精米生産・消費量激減 |
| 9年 | 1997 | 胚芽精米の新規格制定(胚芽精米普及協議会、(社)日本精米工業会) |
| 14年 | 2002 | 「胚芽精米普及協議会」(会長天野一男)解散 |
| 16年 | 2004 | 「21胚芽精米推進協議会」(会長増田敏雄、名誉会長香川芳子)設立 |
表1 胚芽米の歩み |