女子栄養大学
胚芽精米のすべて 女子栄養大学教授 五明紀春
五明紀春教授写真
女子栄養大学教授
五明 紀春
 (ごみょう としはる)
東京大学大学院農学系研究科農芸化学専攻博士課程修了、農学博士。
専門分野:食品栄養・機能学。
研究課題:食物の栄養・生理機能特性に関する研究。
日本農芸化学会会員、日本・栄養食糧学会評議員、日本食品科学工学会評議員、日本臨床学会会員、日本内分泌学会会員、日本フードシステム学会会員。
「食の解釈学−我食べるゆへに我あり(アドア出版)」、「食の記号学(大修館書店)」他著書多数。


第1章
胚芽精米とは何か?
生きている胚芽精米
胚芽保有率80%以上の胚芽米を胚芽精米という
胚芽精米は発芽する
微量栄養素の濃縮パック
胚芽精米の生理機能
胚芽保有率とB1含量の関係について(注意)
第2章
胚芽精米の百年
脚気病蔓延は明治から
二十年つづいた原因論争
島薗教授「胚芽米常用論」
戦後の脚気病再発生
甦った胚芽精米
バトンは引き継がれた
第3章
胚芽精米のいま
飽食の中の栄養欠乏
第三世代胚芽精米の登場
画期的な精米技術の開発
第4章
スポーツ選手の理想のエネルギー源
ビタミンB1リッチな胚芽精米の勧め


女子栄養大学教授

五明紀春

第1章

胚芽精米とは何か?

 胚芽精米は、米種子の胚芽を残すように、特別な方法で精白した米です。普通の精白米に比べて微量栄養素や生理機能成分を豊富に含み、また、玄米に比べて食べやすく消化されやすい特徴があります。胚芽精米は、栄養価を損なわずに白米の持つおいしさを追求したお米です。お米が本来持っている価値を巧みに引き出した「健康米」といって良いでしょう。

生きている胚芽精米

 はじめに、米種子とは一体どんなものか、その成り立ちから見てみましょう。(図1)
図1 米種子の構造
 まったく精白していない米種子を玄米といいます。その玄米のいちばん外層は、黒褐色の堅い果皮から成り、その内側の薄いフィルム状の種皮が、胚乳と胚芽を包んでいます。種皮は、米種子における水分や酸素の出入りを調節しています。
 胚乳は、米種子の本体で、主成分はデンプンです。このデンプンは、種子が発芽して成長する時のエネルギー源になります。胚乳表面は、タンパク質と脂肪から成る糊粉層が覆っています。発芽時に、この糊粉層にある酵素がデンプンを分解、エネルギー源として利用しやすいブドウ糖に変えます。米のとぎ汁の白い濁りは、糊粉層の脱落によるものです。
 さて、胚芽は、胚乳に食い込むようにして米種子の先端に埋め込まれています。胚芽と胚乳の境界面には胚盤という薄い組織があります。胚芽は、いわば胎児のように、胚盤を通して、胚乳から養分を吸収して生長していきます。完熟米の胚芽の内部には将来、根や葉になる器官の基がすでに出来ており、複雑な構造をしています。(図2)
図2 胚芽縦断面(左)、横断面(右)
 胚芽は、タンパク質、脂肪、ビタミン、ミネラルに富み、成分の組成も複雑、貯蔵中は絶えず呼吸活動を営む生きた組織です。胚盤周辺部は、もっとも吸水しやすい場所になっています。

胚芽保有率80%以上の胚芽米を胚芽精米という

 胚芽の胚乳への食い込みの深浅、付着部位が頂端に近いかどうか、などは品種によってまちまちで、これが胚芽保有率に影響してきます。
 果皮、種皮、胚芽、糊粉層をまとめてヌカ層といいます。このヌカ層を全部除いたものが精白米、歩どまり91%程度になります。ヌカ層の半分除けば、半つき米(歩どまり96%)、七割程度除けば七分づき米(歩どまり94%)となります。胚芽精米は、ヌカ層のうち胚芽だけを選択的に残して、他を除いたもので、歩どまり93〜94%です。歩どまりだけを見れば、胚芽精米は、特別にとう精した「七分づき米」といえるでしょう。
 さて、玄米を普通にとう精すれば、胚芽の部分はヌカといっしょにポロポロ取れてしまいます。精白米の品位基準では20%以上の胚芽を残してはいけないことになっています。米をただ白くするだけなら、胚芽を効率的に除く精米法で十分ということになります。
 胚芽精米の品位基準は、精白米とは逆に、胚芽80%以上を残す、としています。なお、この基準を満たすものを「胚芽精米」と呼んでいます。特別の精米機を使うと胚芽だけを残して白米同然に白くすることができます。
 胚芽精米の栄養価値を高めるために、とがずに炊飯できるよう「無洗化処理」をして付着ヌカを除去し、また、保存性を良くするために、冬眠密着包装(袋内を炭酸ガス置換)して市販されています。

胚芽精米は発芽する

 ところで、玄米をとう精するときには、米粒を二つの回転ローラーのスキ間に通します。その間に、米粒どうしがこすり合って、ヌカ層が削られて、白くなっていきます。
 ローラーの回転速度を高くすると長細い米粒はトンボ返りを打ちながら削られていくため、米粒の頂端に付着している胚芽は、衝突によってポロポロ脱落します。
 反対に、ローラーを低速回転にすると米粒の回転軸が変わって長軸を軸に回転するようになります。こうすると「横腹」どうしをコスリ合せながら削られていくので、この場合、ヌカ層は除去されるが胚芽は残りやすくなります。
 胚芽部分の重量は、玄米全体のわずか2パーセントです。が、前述のように、発芽、発根の基がすべて収められており、イネ種子の命そのものであり、米種子からイネへの生長活動に必要なビタミン、ミネラルなどの微量栄養素を完備しています。
 実際、胚芽精米を適温で水に浸しておくと、発芽することがあります。最近の精米機を使うと、胚芽はかなりの程度無傷で、高い発芽能力を保持しています。胚芽精米は、まさに生きているといえるでしょう。

微量栄養素の濃縮パック

 無機質、ビタミン含量では、胚芽精米は玄米と精白米の中間にあることがわかります。
(図3、図4)
 ビタミン類では、ビタミンB群とEが、精白米に比べてかなり豊富です。胚芽にはこれらのビタミンが濃縮パックされているのです。胚芽精米とは一粒ずつの米に「総合ビタミン剤」をくっつけたようなものです。
図3 主要無機質含量比較 mg/100g
図4 ビタミン類含量比較 mg/100g
 B1は胚乳デンプンの自己消化で生成したブドウ糖を代謝し、生長エネルギーを獲得するために不可欠の因子となっています。人体においても、ブドウ糖の代謝にB1が必要であるのと同じ。胚芽にB1が濃厚に含まれている理由があるわけです。胚芽精米は、そのデンプン(ブドウ糖)を代謝するのに十分なB1を含んでいます。
 なお、精白米では、そのデンプン(ブドウ糖)を代謝するのに必要なビタミンB1が不足しています。精白米だけに偏って、適当な副食を欠くとブドウ糖代謝が不調になり、脚気病になることはよく知られています。ビタミンEは、B群よりもさらに胚芽に濃縮されて存在し、その含量は、玄米と比べてほとんど遜色ありません。米種子は、翌年発芽するためには、長期間生命力を保っている必要があります。ビタミンEには、空気酸化から胚芽を守る働きがあります。いわば種子の寿命を維持する老化防止剤といって良いでしょう。
図5 ビタミンB1の分布(玄米)図6 ビタミンEの分布(玄米)
 人間も胚芽同様、Eの十分な供給によって、細胞機能を若々しく保つことができます。胚芽精米は、「老化防止米」といっても良いでしょう。胚芽精米めしを毎日食べることで、大体、所要量の四分の一程度のEを補給することができます。脂溶性ビタミンであるEは、体内で蓄積する性質があるので、胚芽精米を毎日食べることで、より大きな効果が期待できます。

胚芽精米の生理機能

 胚芽精米を毎日食べている人から、便通が快適で胃もたれしない、という声を聞きます。これは、食物繊維効果といえます。胚芽精米の食物繊維含量は、精白米の3倍、玄米の半分近くあります。
 胚芽精米めしは、精白米めしに比べて、旨味が強く、ほのかな甘味があります。炊飯前の水浸漬、炊飯時の加温過程で、デンプンの消化が進み糖分が生成するためです。浸漬時には、ガンマアミノ酪酸(GABA)が多量に生成してくることがわかってきました。最近の研究からGABAには、脳神経機能の調節、代謝促進、血圧調節などの生理機能があることがわかってきました。

胚芽保有率とB1含量の関係について(注意)

♦胚芽保有率x(100x %)とB1含量y(mg/1000kcal)には、以下の関係があります。
        y=0.53x+0.22
ただし、
精白米・・・胚芽保有率 0%(x=0)、B1含量 0.22mg/1000kcal(y=0.22)
胚芽精米・・胚芽保有率80%(x=0.8)、B1含量 0.64mg/1000kcal(y=0.64)
なお、B1含量は七訂食品成分表によると以下の通りです。
精白米・・・0.08mg/100g/358kcal
胚芽精米・・・0.23mg/100g/357kcal
♦胚芽保有率60%において、B1要求量とエネルギーがバランスします。
1000kcal当たりB1必要量は0.4mgであり、この時の胚芽保有率は上式より60%に相当します。従い、胚芽保有率80%以上の胚芽精米では、十二分にB1要求量を充たしていることになります。一方、胚芽保有率60%を切る米はB1不足米と言えます。そのため、 市販の「胚芽米」(胚芽精米ではなく)の多くは、消費者に誤認させる恐れがあるので注意が必要です。
♦B1充足のためには、胚芽精米3に対して精白米1までのブレンドは許されます。胚芽精米対精白米3:1(重量比)でB1必要量を充たす。精白米を全重量の4分の1までブレンドしても可ということになります。
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脚気病―ビタミンB1欠乏症
脚気病は今日ではビタミンB1という微量有機質栄養素の不足・欠乏によることがわかっている。飯のデンプンは消化されてブドウ糖に分解、吸収される。このブドウ糖を代謝して完全燃焼するためには、B1は不可欠の補助因子。B1が欠けているとブドウ糖の代謝は途中で渋滞して、不完全燃焼物である代謝中間体が体の中にたまって、抹消神経に障害をあたえて脚気症状を呈する。軽度の場合では倦怠、無気力、さらに運動機能の喪失、ひどい場合は心臓麻痺や痴呆症になって死に至ることがある。
デンプン摂取量が増すと、それを完全燃焼させるために必要なビタミンB1の必要量もまた多くなる。逆にデンプン摂取量が減るとB1必要量はそれだけ少なくてすむ。元来、米のヌカ層には多量のB1が分布しており、玄米で食べればその中にあるB1だけで米デンプンの代謝を十分にまかなうことができる。ところが米を精白するとB1が減ってしまうので、デンプン代謝に必要なB1が間に合わなくなる。つまりB1に対してデンプンが過剰になってしまうのである。白米を食べながら、なお脚気病を避けるにはB1に富む適切な副食を他に仰がねばならない。白米を大食すれば、このような副食の必要量もまたそれだけ増えるという理屈になる。当時においても脚気病患者は、小食の年寄りには少なく、かえって食欲旺盛な若者に多かったのもうなづける。1000kcalあたりB1は0.4mg必要とされ、日本人成人一日推奨量1.4mg(男)1.1mg(女)。
島薗順次郎(1877-1937)
和歌山県出身、1904年に東京帝国大学医科大学を卒業後、陸軍二等軍医として日露戦争に従軍。1911年にドイツに留学、内科学を学び、13年に帰国、岡山医学専門学校教授を経て、16年より京都帝国大学教授を務め、24年、東京帝国大学第一内科学教室教授となった。33〜37年まで病院長も務めた。現在、東大医学図書館には島薗順次郎記念財団文庫が設けられている。大正末より「胚芽米常用論」を唱え、脚気病予防の運動を展開。32年に脚気病はビタミン欠乏症であることを臨床試験で証明、20年に及ぶ「脚気病原因論争」に決着をつけた。女子栄養大学創設者香川綾の恩師。本誌『栄養と料理』の命名者(1935)。

香川綾(1899-1997)
和歌山県出身、1926年東京女子医学専門学校卒業後、東京帝国大学医学部島薗内科学教室勤務、脚気病治療に取り組む。28年「主食は胚芽米、魚一、豆一、野菜が四」を提唱。33年、大学を退職、「家庭食養研究会」を設立。35年月刊誌『栄養と料理』創刊、37年「女子栄養学園」(栄養と料理学園)設立、料理カード、料理計量化に取り組む。48年(財)香川栄養学園設立、計量カップスプーン考案、50年「女子栄養短期大学」設立、51年(学)香川栄養学園設立、56年「四つの食品群」を提唱、59年香川調理師学校設立、61年「女子栄養大学」開設、69年「女子栄養大学大学院」設置。

第2章

胚芽精米の百年

 胚芽精米は、昭和の初め、脚気病対策のために東京大学医学部島薗順次郎教授によって提唱・開発されました。これによって、大勢の人たちが脚気病を免れることができたといわれます。胚芽にあるビタミンB1が脚気病予防・治癒の有効成分だからでした。

脚気病蔓延は明治から

 脚気病は江戸時代、「江戸患い」といわれ、参勤交代で田舎から上京した大名がよくかかる病気でした。ところが国元に帰って、あまり白くついてない米、豆、雑穀の食事に戻ると治ってしまう、という具合で、庶民に無縁の贅沢病とされていました。
 明治半ば頃から、全国的に電化が進み、臼と杵でついていた米が、モーター式の精米機でつくようになり、簡単に精白できるようになりました。その結果、うまい白米飯が広く食べられるようになり、同時に脚気病が蔓延するようになったのです。特に、軍隊では、兵士に白い飯を腹一杯食べさせていたため、脚気病による被害は深刻でした。
 日露戦争(明治37〜8)における傷病兵の大半が銃創ではなく、脚気病だったことはよく知られています。従軍兵110万以上、傷病者35万、うち脚気患者21万。なお、戦死者47000に対して脚気病死者28000であったというから、その深刻さが想像できます。

二十年つづいた原因論争

 日露戦争の前の日清戦争(明治27〜8)でも陸軍は多数の脚気病死者を出しています。日露戦争後、脚気病の原因と対策をめぐって、臨時脚気病調査会がつくられました。この時のまとめ役は陸軍医務局長、森林太郎(鷗外)でした。
 一方、海軍ではいちはやく、和食から洋食に切り替えて脚気病撲滅に成功しています。とはいっても脚気病の原因はまったくわかっていませんでした。多くの医学者は、一種の伝染病であるとさかんに説いていました。
 明治43年、農学者鈴木梅太郎(東京帝国大学教授)は、ハトの実験から、米ヌカ成分のオリザニン(ビタミンB1)が鳥類脚気病の予防・治癒因子であることを発見していました。しかし、昭和7年、島薗教授が脚気病はビタミンB1欠乏症であることを臨床的に証明するまで、20年以上にわたって、原因論争がつづきました。

島薗教授「胚芽米常用論」

 大正時代末、脚気病死者は、毎年2万人を超えていました。この頃、東京早稲田で開業した米屋さんがいました。朝日胤一さん(早稲田精米所)です。初め、得意先がなく親類を訪ね歩いては買ってもらっていたそんなある日、脚気病欠乏説を唱えていた島薗教授の「胚芽米常用論」の講演を聞いたのです。昭和3年1月のことでした。
 この時、胤一さんの中に大きな志が芽生えました。胚芽米こそ脚気病の苦しみから国民を救うものだと考え、その製造販売に執念を燃やして取り組むことになりました。島薗教授の指導で、大学病院の中庭に精米機を持ち込んだりして、胚芽米の改良に打ち込みました。
 当時、胤一さんと懇意の精米機メーカー佐竹利市さんが意気投合、精米機の改良に努めました。軍でも全面的に胚芽米を採用し、脚気病はほとんど撲滅されました。昭和9年からは息子の朝日創さんが父の手伝いを始めています。

戦後の脚気病再発生

 戦中・戦後の食糧難時代をへて、高度経済成長の間は脚気病は、スッカリ影をひそめていました。食糧難時代にはたまたま白い米が不足、B1の豊富なサツマイモや豆・雑穀に頼ったことによると考えられます。経済が豊かになると、動物性食品が増え、副食も多彩になってきました。白米に梅干しの時代が遠い過去になり、脚気病の出る幕はなくなったかに思われました。
 ところが昭和49年、日本神経学会で「若年性多発性神経炎」という病気が数例報告されたのです。食べ盛りの若者の間に「未知の奇病」が発生しているらしい。そしてほどなく脚気病とわかり、全国から続々症例が寄せられるようになりました。
 昭和51年厚生省は脚気病の全国調査に乗り出しました。調査報告書はこう書いています。「わが国でほとんど忘れられていた脚気病が、ここ二、三年間に、われわれが調査した範囲内でも370名以上の発生をみたということは、わが国の栄養行政上重要な問題といわねばならない。(略)不足の栄養学から過剰の栄養学に移行しているわが国において、依然として不足の栄養学も軽視してはならないことを強調しておきたい」
 その後の調査はどれも「飽食の時代」の食事の乱れに原因があるとしています。インスタント食品、清涼飲料ばかりの若者が増えて、豊かさの中にビタミン欠乏がしのび寄っていたのです。しばらく忘れられていた胚芽米の出番が再び来ました。

甦った胚芽精米

 すでに朝日さんは創さんへ、精米機メーカーの佐竹さんも利彦さんへと息子の代に変わっていました。かつて若い頃、島薗教授の助手として、胚芽精米の臨床試験をしていた女子栄養大学の創設者香川綾の「胚芽精米普及」の呼び掛けで父子二代、師弟二代の二人三脚が再開されたのです。そもそも香川綾の「食事によって健康を守る」という学園創設の動機は、どんな薬も効かなかった脚気病に対して、胚芽精米が劇的な治癒効果を顕したことがキッカケでした。
 こうして胚芽精米は、全国の米穀業者と香川綾ら関係者の熱意によって、長い眠りから覚めて甦りました。戦前のものとは見違えるばかりに改良されて、昭和52年に、農林省は「胚芽精米」として配給米制度に取り入れることになったのです。島薗教授の「胚芽米常用論」から半世紀がたっていました。
 ところが、平成5年の冷害凶作は、それまで順調に普及、定着してきた胚芽精米に大打撃を与えることになりました。原料米不足は胚芽精米の供給を途絶えさせ、消費者の米離れもあって、消費量は前年の38000トンから16000トンに激減してしまいました。香川綾、朝日創、佐竹利彦のトリオはすでに亡く、「胚芽精米普及運動」は挫折の危機に見舞われました。

バトンは引き継がれた

 しかし、再びバトンは引き継がれました。第三世代のリーダーは増田敏雄さん(福島第一食糧)でした。かねて、独立独歩で胚芽精米の製造・普及に取り組んでいた増田さんは、この苦境を脱するために「おいしい胚芽精米」を目指して研究を重ねていた人でした。
 胚芽が落ちやすいコシヒカリのような良食味米を原料に、ついに従来の精米技術では不可能とされていた「コシヒカリ胚芽精米」の製造に成功したのです。増田さんとコンビを組んだ人は、画期的な縦型研削方式の逆円錐型精米機を考案した山本惣一さん(山本製作所・天童市)でした。驚くべきことに、この「第三世代胚芽精米」は、玄米と遜色ない発芽能力を持っていることでした。(写真)こちらも先代の惣太さんと惣一さんの父子二代の取組みでした。
明治11年1878内務省、「府立脚気病院」(東京)を設立。脚気病調査を始める
37〜8年1904-05日露戦争での陸軍の戦死者48000人、うち脚気病死者28000人
大正12年1923全国脚気病死者27000人、人口10万人に対して死亡者46人
13年1924島薗教授「胚芽米常用」を提唱
昭和2年1927胚芽米市販開始、胚芽米を病院食(東京帝大)に採用、陸軍兵食に採用
3年1928食糧問題調査会「主食改善案(島薗教授)」決定答申、胚芽米全国普及の端緒
5年1930「主食改善論争」胚芽米(島薗教授)対七分つき米(佐伯矩博士)
7年1932脚気病はビタミンB1欠乏によることを臨床試験で証明(島薗教授)
8年1933「家庭食養研究会」(香川昇三・綾)発足、栄養・料理の知識普及に努める
10年1935陸軍兵食に一日胚芽米600gを取り入れることを定める
14年1939米穀配給統制法公布
17年1942食糧管理法公布
20年1945天皇「終戦の詔勅」放送、終戦
44年1969自主流通米制度発足
49年1974神経学会「若年性多発性神経炎」を数例報告。後、脚気病とわかる
51年1976厚生省全国調査報告「最近の脚気について」。豊かな時代の脚気病に警鐘
52年1977食糧庁「胚芽精米実施要領」制定
53年1978「胚芽精米普及協議会」設立(会長朝日創、名誉会長香川綾)。業界中央4団体による。(全国食糧事業協同組合連合会、全米商連協同組合、(社)日本精米工業会、(財)全国米穀配給協)参会)
平成5年1993米の大凶作。胚芽精米生産・消費量激減
9年1997胚芽精米の新規格制定(胚芽精米普及協議会、(社)日本精米工業会)
14年2002「胚芽精米普及協議会」(会長天野一男)解散
16年2004「21胚芽精米推進協議会」(会長増田敏雄、名誉会長香川芳子)設立、現在に至る
表1 胚芽米の歩み
 胚芽精米百年の歴史は、人々の健康を願う「高い志」の歴史でもありました。
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2018年産胚芽精米。「21胚芽精米推進協議会」提供

第3章

胚芽精米のいま

 胚芽精米とは、一口に言えば「一粒ずつの米の頭に総合ビタミン剤のカプセルをくっつけたようなもの」です。
 実際、胚芽精米のビタミン含量、微量無機質含量は、玄米よりも少ないものの精白米に比べてはるかに多いのです。せっかくのビタミン剤カプセルも、精白すればポロポロ取れてしまいます。ビタミン類の中でもB1、Eは、特に多く胚芽部分に分布しています。
 栄養学的にみて、米を主食とする日本人にとって、胚芽精米常食の利点ははかり知れないと思われ、ことに食生活が乱れてきた最近においては、胚芽精米見直しの機運が高まっています。

飽食の中の栄養欠乏

 朝食欠食の人たち、嗜好のままに偏った食事をする人たち、さらに間違った無理なダイエットの虜になっている人たちがますます増えています。豊かさの中で、皮肉なことに多くの人たちが、ビタミン、ミネラルなど微量栄養素の欠乏に陥っている、と見られており、潜在的な脚気病患者は、かなりの数に上ると推定する専門家も少なくありません。
 ビタミンB1に関する近年の研究では、それが糖質代謝の必要因子にとどまらず、脳内神経伝達物質としての生理機能をもっているとされ、B1欠乏は情緒不安定をもたらすことから、特に、子供たちの不規則な食生活が心配されています。
 一方、ビタミンEは、細胞膜機能を保持するために不可欠の因子であり、生体内抗酸化物質として、老化防止、動脈硬化抑制、ガン抑制など生活習慣病予防に深く関係していることがわかっています。
 正しい食事について、きちんとした知識を持たない若い人たちは、食生活において、いわば「読み書き能力」のない文盲の人たちといえるでしょう。二十代の男性四人に一人、女性十人に一人は、食生活に関する知識を全く持たないとの調査結果もあるのです(平成十一年度国民栄養調査)。
 栄養教諭制度が発足し、食習慣形成期の児童生徒を対象に、小中学校で本格的な食事教育が導入され、知育、徳育、体育と並んで、いまや食育が義務教育の柱に据えられています。
 一方で、微量栄養素を少しでもカバーするために、サプリメント(栄養機能食品)に依存する人がますます増えています。それだけ、毎日の栄養素摂取に不安を抱いている人が多くなってきた、ということなのでしょう。食品が溢れかえっている現代社会において、これもまた皮肉な現象といわざるをえません。
 胚芽が「ビタミン剤カプセル」であるとすれば、胚芽精米は一粒ずつに天然のサプリメントの付いたお米ということになります。これを常食することによって、現代人の栄養欠乏不安は、相当程度解消されるのではないでしょうか。

第三世代胚芽精米の登場

 昭和52年に復活した胚芽精米は、順調に消費量を伸ばし、昭和59、60年には年間75000トンにまでなりました。しかし、その後、漸減傾向をたどり、平成6年には米の大凶作のため激減し、現在では、低迷し正確なデータはありません(図7)
図7 胚芽精米の製造・販売推移
 高い栄養価と同時に、おいしくなければ、飽食時代の消費者をつなぎとめることはむずかしい、といえます。これに米離れの風潮が輪をかけて、胚芽精米の消費を伸ばすことは、きわめてむずかしい課題になっています。
 また、毎日の主食ということになれば、手近にいつでも購入できることが不可欠です。しかし、生産量が減れば、店頭に出回る数量も減り、それだけ消費者の目に触れる機会は少なくなっていく。話だけを聞いても、実際に食べられないのでは忘れられていく。こういう悪循環によって、栄養価豊かな胚芽精米が見放されていくことは、あまりにももったいないことです。
 それだけに栄養があって、おいしい胚芽精米をつくるために、精米機と製造方法の改良の努力が懸命に続けられてきました。とりわけ、飽食の時代の消費者にとって、一般の精白米に劣らずおいしいお米であることは最優先です。おいしい胚芽精米を目指した努力の結果、現在では「第三世代胚芽精米」とでもいうべき従来の常識を越えたおいしい胚芽精米が出現しています。
 戦前、島薗順次郎教授(東京帝国大学医学部)が開発した胚芽精米を第一世代とすれば、戦後、昭和52年に登場した胚芽精米は第二世代ということになします。精米機の改良で、第二世代は、第一世代と比べて、見違えるほどに白くおいしい胚芽精米になったといわれています。

画期的な精米技術の開発

 第三世代は、第二世代と比べて、普通の精白米と遜色ないほどに白く、しかも従来よりも胚芽の付いている割合の高い胚芽精米のことです。
 この「第三世代胚芽精米」は、平成16年2月、福島第一食糧卸協同組合(理事長増田敏雄氏)の精米工場で生まれました。
 胚芽精米機(逆円錐縦型研削ロール方式)と無洗化処理装置(米粒表面の微粉を除く)を組み合わせて精米処理した結果、胚芽保有率92%(従来は80%)、白度38%(従来は30%程度)、精米歩留93%という驚くべき成績の胚芽精米の製造に成功したのです。
 この胚芽精米機は、すでに平成10年には開発(山本製作所・天童市)されていました。その後、胚芽精米機を一番機として、これに新たに二番機(カピカ研米機)を組み合わせる工程システムが開発されたのです。まず、原料米を一番機に6回循環させ、ついで二番機に1回通す。第三世代胚芽精米は、これにさらに同社開発の無洗化処理装置で、ごく少量の水で洗米のうえ、脱水・乾燥することによって、前述のとおりの驚異的なコシヒカリ胚芽精米をつくることができたのです。
 成功の秘密は、特殊の性能を持った無洗化処理装置が発明され、精米工程(一番機プラス二番機)と無洗化処理工程の組み合わによるオペレーションの革新にあったといえます。きわめて高度のレベルの技術が、「第三世代胚芽精米」を可能にしたといっていいでしょう。
 しかも、原料米として、胚芽が脱落しやすく、胚芽精米不適とされていたコシヒカリが使われての結果でもありました。
 その後、現在でもなお精米機の改良が進められています。今後、「第四世代胚芽精米」とでも呼ぶべき胚芽保有率と白度がともにより高い胚芽精米が登場してくることが期待されます。
 胚芽精米製造における目覚ましい技術革新を受けて、平成16年6月、女子栄養大学において、それまでの胚芽精米普及協議会(会長天野一男氏)を改組して、「21胚芽精米推進協議会」〈会長増田敏雄氏(当時)、名誉会長香川芳子学長(当時)〉が新発足。胚芽精米普及の事業展開に取り組むことになったのです。
 その会則には、「胚芽精米の品質、食味、安全性の向上及び確保を図り、その摂取を通じて国民の健康を増進することに寄与し、もって二十一世紀の主食を目指すことを目的とする」と唱っています。
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第4章

スポーツ選手の理想のエネルギー源
ビタミンB1リッチな胚芽精米の勧め

@胚芽はビタミンの濃縮パックです
 胚芽精米は、80%以上の米粒に胚芽が残るように特別に精白したお米です。胚芽は米の発芽の基になる組織です。ここにはB1などのビタミン類が濃縮して含まれ、「総合ビタミン剤カプセル」と言えます。普通の精白米と同じように炊いて、美味しく召し上がれます。
 (注)胚芽には、栄養素をエネルギーに変えるB1、成長を促進するB2、アミノ酸の代謝を促すB6、細胞の若さを保つEなどのビタミン類が豊富に含まれています。

AB1は栄養素をエネルギーに変えるビタミンです
 ビタミンB1は、糖質栄養素(炭水化物)の代謝を助け、これを完全燃焼してエネルギーに変えるために必須の働きをします。食物から1000kcalのエネルギーを得るために必要なB1は0.54mgです。B1の1日必要量は、男性(2600kcal)1.4mg、女性(2000kcal)1.1mgが標準になります。したがって、スポーツ選手のようにご飯など糖質栄養素摂取量の多い人ほどB1の必要量が多くなり、それだけB1の補給が大事になります。(グラフ1参照)
 
 

グラフ1 スポーツ選手の種目別ビタミンB1必要量
 トレーニング期の摂取エネルギー基準値(kcal/体重kg)を参考に算出。普通の生活(15〜17歳)の必要量を最左端に示す(緑色)。スポーツ選手のB1必要量が多いことがわかる。グラフは「アスリートのための栄養・食事ガイド」(第一出版株式会社)p8より作成。

BB1不足が続くと元気がなくなります
 B1が不足すると、糖質栄養素の代謝が滞り、代謝中間体(不完全燃焼物)が血液中に増えて末梢神経の不調を来します。初期症状としては、集中力がなくなり、飽きやすく、全身が気だるくイライラがつのり、切れやすくなります。その状態がつづくと運動能力が著しく低下します。重度になると脚気病になります。偏った食事によるB1不足の若い人が増えてきています。体のコンデイションが悪い時は、まずB1不足を疑いましょう。

C胚芽精米はスポーツ選手のための理想の主食です
 野球、サッカー、バレーボールなど毎日激しいトレーニングをしている人は、エネルギー必要量が多く、たくさん食べなければなりません。この時、B1の少ないふつうの白飯(精白米)では、食べれば食べるほど糖質栄養素を代謝するためのB1が不足します。したがって、たくさん食べるスポーツ選手ほど、B1不足による症状が表れやすく、活力をそこなう恐れが出てきます。しかし、毎日の主食をB1リッチな「胚芽精米の飯」に置き代えれば、運動のために必要なエネルギーを摂取しながらB1も十分に補給され、競技能力のアップが期待できます。(グラフ2参照)


グラフ2 ビタミンB1補給の比較―白米飯と胚芽精米飯
 白米飯はたくさん食べるほどB1が不足(点線白棒)。逆に、胚芽精米飯ではたくさん食べてもB1補給の「おつり」がくる(点線黄棒)。したがって、胚芽精米は、ご飯をたくさん食べてエネルギーを摂取するスポーツ選手にとって理想的な主食と言える。グラフは「七訂日本食品標準成分表」より作成。

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21胚芽精米推進協議会について

【設立目的】
 21胚芽精米推進協議会は、精米事業者有志により、平成16年(2004)に発足した団体です。「胚芽精米の品質、食味、安全性の向上及び確保を図り、その摂取を通じて国民の健康を増進することに寄与し、もって21世紀の主食を目指すことを目的とする」と唱っています。

【活動内容】
 協議会会員には品質基準(@胚芽保有率80%以上、A精米白度34%以上、B食味は良食味であること)を設定・信頼できる製品が販売されるようにしました。女子栄養大学との連携の下、主に以下の活動を行っています。
(1)胚芽精米の品質、食味、安全性の向上と確保の推進
(2)胚芽精米の消費拡大及び販売促進の支援
(3)胚芽精米に関する対外折衝と情報の提供
(4)胚芽精米の調査、研究

【役員】
名誉会長:香川明夫(女子栄養大学 学長)
顧  問:五明紀春(女子栄養大学 副学長)
会  長:玉木 壽((株)ギフライス取締役)
監  事:鈴木隆一(鈴兼米穀(株)代表取締役)
事務局長:安藤智之(一般社団法人日本精米工業会 総務部長)

【事務局】
〒103-0001 東京都中央区日本橋小伝馬町15−15 食糧会館
一般社団法人 日本精米工業会内   TEL:03-4334-2190 FAX:03-3249-1835
http://haigaseimai.com


2019年3月1日現在
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